啓発・提言等
【特集】JSCPの「自殺報道」に関する取り組み
2023年12月11日
自殺に関する報道や情報は、それがセンセーショナルに伝えられることによって、模倣自殺を誘発し自殺者数の増加につながってしまうことがあります。こうした現象は「ウェルテル効果」と呼ばれ、1974年以降に世界各地の多くの研究で実証されています。一方、自殺を考えるほど追い詰められた人が死なずに生きる道を選んだ体験談などを伝えることが自殺を抑止する現象は「パパゲーノ効果」と呼ばれ、2010年に提唱されて以降注目されています。
WHOは、こうしたメディア報道のマイナスの側面を最小化し、プラスの側面を最大化するため、自殺報道に関するメディアガイドライン(以下、「WHO自殺報道ガイドライン」)を公開しています。日本では近年、WHO自殺報道ガイドラインを参考にするメディアが増えてきていますが、広く浸透している状況にはまだなく、ガイドラインを知らないために自殺リスクを高めかねない情報を盛り込んだとみられる記事・放送等も多く作成されているのが現状です。
JSCPでは、新聞・ラジオ・テレビ・雑誌・ネットメディア等に加え、これらのマスメディアからニュースを集めて配信するプラットフォーマーやSNS事業者などに対しても、WHO自殺報道ガイドラインを知ってもらい、実地で生かせるようサポートする様々な取り組みを行っています。
JSCPは、メディアに対して一方的に「べき論」を押し付けるのではなく、より良い自殺報道について互いの知見を出し合い共に作り上げていけるような協力関係の構築を目指しています。代表理事の清水康之は元NHK報道ディレクターであり、自殺報道を担当する現在の広報室メンバー3名は、いずれも新聞やテレビで報道や番組作りに携わった経験があります。私たちは、メディアが社会をより良い方向に変えていく力を信じています。JSCPの自殺報道への取り組みは2020年にスタートしたばかりですが、以下でご紹介する様々な取り組みを粘り強く進めながら、メディアの皆さんとの協力・信頼関係の構築に努めています。
緊急時の対応
厚生労働省と連名での注意喚起のためのプレスリリースの配信
有名人の自殺、あるいは特殊な方法を用いた集団自殺が大きく報じられるなど「ウェルテル効果」が生じるリスクが急激に高まることが懸念される場合には、厚生労働省との連名で、メディア各社に対し注意喚起のためのプレスリリースを配信しています(276社283媒体、2024年1月15日時点)。WHO自殺報道ガイドラインを周知すると同時に、それに沿った報道をお願いする内容で、メールやFAXで一斉に送信します。2020年5月以降、計24回配信しました(2023年12月時点)。
また、ガイドラインからの逸脱の度合いが大きく特にリスクが高いと判断した報道に対しては、個別に注意喚起を行うこともあります。
日ごろの取り組み
「自殺報道のあり方を考える勉強会」の定期開催
2020年度から半年に1回のペースで開催しています。2023年7月までに実施した過去5回では、新聞・ラジオ・テレビ・雑誌・ネットメディア・プラットフォーマーなどから延べ500人以上にご参加いただきました。本勉強会は、参加者が安心して議論できる場とするため対象をメディア関係者とプラットフォーマー等に限定し(一般には非公開)、社の垣根を越えて互いの取り組みや課題を共有できる場であることを大切にしています。JSCPからWHOガイドラインの留意点の説明や、有名人の自殺報道に関する分析結果の報告などを行う他、メインコンテンツとして毎回2~3社にご登壇いただき、自殺報道に関する取り組み事例をご報告いただいています。
全国規模のマスメディアだけでなく、地方メディアや雑誌、ネットメディア、プラットフォーマーなどあらゆるメディアによる取り組みが重要と考えており、各回の勉強会テーマと関係の深いメディアに集中的にリリースを配信するなど、一人でも多くのメディア関係者に関心を持っていただけるよう努めています。
■これまでの勉強会の詳細は、「開催レポート」として公開しています
「自殺リスクAI情報システム ホエール報道プラットフォーム」の運営
「ホエール報道プラットフォーム」は、刻々と変化するインターネット上の情報や各種統計などを用い、ネット上で配信された自殺報道の拡散状況や「自殺」に関するSNSトレンドと、それらを踏まえた自殺リスク予測などをリアルタイムで更新していく、世界的にも珍しいAIポータルサイトです。メディア関係者が、自殺や自殺対策に関する報道を企画・実行する際、その支えとなる情報を提供することを目的に、対象をメディア関係者に限定して公開しています。
セルフケアのためのサイト「こころのオンライン避難所」の制作
自殺報道など衝撃的な報道・情報に触れてこころがつらくなった人に向け、気持ちを落ち着かせるために活用できるサイトを制作し、2023年3月末に公開しました。
有名人の自殺などが大きく報じられた際、連絡が殺到して相談窓口がパンク状態となり、相談したくてもできない人が多くいる状況があります。本サイトでは、そうした場合にも自分でできるセルフケアとして、情報から距離を置く方法、気持ちを落ち着ける方法、周囲の人の対応方法などを、イラストを使って分かりやすくまとめています。
メディアの方々には、自殺に関する記事や放送の最後に、相談窓口の情報と共に本サイトをご紹介いただけるよう呼びかけています。
自殺報道に関する調査研究・分析
有名人の自殺報道の後に自殺者数が増加する「ウェルテル効果」が生じたか、自殺報道はどのように変化しているかなどについてJSCP分析官らが調査・分析を行い、調査結果を公開しています。これまでの分析では、有名人の自殺報道の初報当日や翌日から自殺者数が急増していることが明らかになったケースもあり、自殺報道の際にメディアによる配慮の必要性を示す客観的な根拠となっています。
■分析結果は、過去の勉強会レポートなどで紹介しています
記事・放送のモニタリング
影響力の大きな有名人が亡くなるなどしてウェルテル効果(報道の影響で自殺者が増えるが現象)が懸念される事案では、新聞やテレビ、雑誌、ネットメディアなどの記事・映像を可能な限り収集し、報道の動向や推移をモニタリングしています。その数は膨大で広報室の人員だけでは対応できないため、他部署からも人員を集めて対応しています。WHO自殺報道ガイドラインで掲げられている「やってはいけないこと」「やるべきこと」を基にチェックリストを作り、記事や放送の内容を一つずつ確認します。この作業を初報から連日行い、2~3週間後に報道が収束傾向に入るまで続けています。
個別の勉強会や意見交換会の実施
メディア全体を対象とした「自殺報道のあり方を考える勉強会」以外にも、個別のメディアや団体から依頼をいただいた場合には、社内・団体内での自殺報道勉強会への講座の提供を行っています。また、機会があれば個別のメディアとの意見交換会も積極的に行い、顔の見える関係づくりに努めています。各社の取り組み状況や課題、率直な声をご共有いただくことで、JSCPの取り組みの改良(メディアへのよりタイムリーでニーズに合った情報・ツールの提供等)にも役立てています。その他、自殺報道に関する各種お問い合わせにも随時対応しています。
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