研修・会議

「第1回 地域における自殺未遂者支援事業研修」開催レポート

2021年9月30日

厚生労働大臣指定法人 いのち支える自殺対策推進センター(JSCP)は2021823日、自治体の自殺対策担当職員・関係者を対象とした「第1回 地域における自殺未遂者支援事業研修」をオンラインで開催し、約400人が参加しました。

JSCPでは、地域での自殺未遂者支援を自殺対策の重点課題と位置づけ、今年度中に自治体職員・関係者を対象とした研修会を、今回を含め計4回実施する予定です。一連の研修をとおし、各自治体が来年度にも何らかの自殺未遂者支援事業を開始できるよう、必要なノウハウや先行事例等を共有できる場にしていきたいと考えています。(式次第はこちら

研修会の冒頭で、厚生労働省の岡英範・大臣官房参事官(自殺対策担当)が、「今年7月の自殺者数(暫定値)は1年ぶりに前年同月を下回ったものの、先行きは不透明であり、今後も動向を注視していく必要がある。地域における未遂者支援をさらに強力に進めていただきたい」と挨拶しました。

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厚生労働省の岡英範・大臣官房参事官

続いて、JSCP代表理事の清水康之が「自殺未遂者支援の枠組みと今後の展望」と題して講演。自殺者のうち「自殺未遂歴あり」の割合を表すグラフを示し、「警察庁の自殺統計をJSCPが独自集計したデータによると、『自殺未遂歴あり』の方が女性では4割以上、男性でも1520%を占める。自殺未遂は自殺の最大のリスクファクターとされており、自殺未遂者支援は自殺対策の本丸中の本丸といえる」と述べました。そして、自殺対策基本法に基づき策定された自殺総合対策大綱でも、未遂者支援が「当面の重点施策」の一つに位置付けられていることなどを説明しました。

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全国で自殺未遂者支援事業として申請されている(交付金事業に限る)のは、2019年度は211事業(都道府県115、市区町村96)、2020年度は206事業(都道府県104、市区町村102)。そのうち、両年度を通して事業を継続しているのは102自治体で、全1788自治体の18分の1(約6%)にとどまります。清水は、「この中には、未遂者への直接的な支援以外の取組、つまり会議や研修等も含まれており、大綱が目指す未遂者支援の全国的な広がりには決して至っていない」との認識を示しました。

こうした状況を打開するため、JSCPでは今年度、①自治体職員向けの研修(本研修を含め全4回)、②精神科救急に関わる人向けの研修(20221月開催予定)、③一般救急に関わる人向けの研修(同)、などを開催する予定です。その他、「自殺未遂者支援に取り組みたいと思っても、どういう取り組みがあるのか分からない」という自治体の悩みに応えるため、先行事例の内容の整理、地域自殺未遂者支援のモデル化(実現工程の可視化)、「自傷・自殺未遂者レジストリ(症例登録)システム」の確立など、自殺未遂者支援を全国に展開するため総合的に取り組んでいくとの展望を示しました。

清水さん0930.pngJSCP代表理事・清水康之


次に、札幌医科大学医学部神経精神医学講座の河西千秋主任教授と岩手医科大学神経精神科学講座の大塚耕太郎教授がそれぞれ、「医療」、「地域」における自殺未遂者支援の動向について講演しました。両氏の講演は、3月20日にJSCPが開催した公開講座「地域の保健医療における自殺未遂者ケア・オンライン研修」での両氏の講演動画を事前視聴することを前提に行われました(「地域の保健医療における自殺未遂者ケア・オンライン研修」の詳細は、「実施レポート 」をご確認ください)。

「救急医療を拠点とした医療・地域連携ケアデル」の全国展開に取り組んできた河西氏は、自殺未遂者が救命救急センターに入院中から精神科医や精神保健福祉士、心理士などが関わり、心理的危機介入、正確な精神疾患の見立て、自殺に至った生活問題のアセスメントを基盤とした未遂者への心理教育、精神科治療、及びソーシャルワークによる抜本的な生活支援とそのための地域連携を包括的に提供し、退院後も継続的に支援していく「アサーティヴ・ケース・マネージメント介入」の概要について説明しました。

そこに至るまで、河西氏は2002年に仲間と共にこのような取り組みを開始し、その後、厚生労働省の戦略研究としてこの介入を全国17病院群で実施するプロジェクト「自殺対策のための戦略研究・ACTION-J」が展開され、この介入モデルに自殺再企図防止効果があることが実証されました。そして、2016年には救急患者精神科継続支援料として診療報酬化され、河西氏によると現在までに50以上の医療機関が診療報酬の加算請求を行っているとのことです。

河西氏は「将来的には各都道府県、市町村、二次医療圏ごとに一つか二つ、自殺未遂者ケアの拠点病院を整備し、そこを拠り所に自治体のアウトリーチ活動と連携しながら地域での展開が広がっていくのが望ましい形と考えている」と話しました。

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札幌医科大学医学部神経精神医学講座の河西千秋主任教授

大塚氏は「地域における自殺未遂者支援」と題して講演し、「自殺未遂者ケアは、それ単独ではなく、事前の予防活動や事後対応(遺族支援など)の中に位置付け、地域での包括的な対策として推進していくことが大切だ」と話しました。地域での未遂者ケアの実践方法については、「救急医療から地域ケアに至る領域の広い取り組みであるため、100地域あれば100通りのやり方がある。支援体制を作るためには多機関多職種が関わる必要がある」と述べました。

また、地域で多数の支援者が関わる際にぶつかる「障壁」として、自殺の危険性のある人に接する際に生じがちな「どう接したらよいかわからない」「対応できるか不安」「関わりたくない」などの不安があることを説明しました。その上で、「障壁は、実務者研修において『学ぶこと』と『つながること』で乗り越えることができる。そのためには、『やらせる』『責任を負わせる』といった研修ではなく、参加者のニーズを取り入れ主体的に研修に参加してもらえるように工夫することが大切だ」と強調しました。

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岩手医科大学神経精神科学講座の大塚耕太郎教授

次に、JSCP地域連携推進部の与儀恵子が、自治体で保健師として自殺対策事業に10年間従事した経験を踏まえ、「実践 自殺未遂者支援事業」と題して講演しました。管理職から投げかけられることが想定される「未遂者支援という命にかかわる難しい事業なのに、保健師や精神保健福祉士が本当に対応できるのか?」「未遂者支援をすることで業務量が増え、人員要求が加速するのではないか?」などの質問に対し、与儀自身がどう回答したかなどについても説明しました。また、自治体から救命救急医療機関に連携を働きかける際、「頼りになるのは病院内のケースワーカーの存在。要保護児童対策地域協議会等で築いてきた『顔の見える』人脈を、有効に活用すべき」など、実践的な助言を行いました。

与儀さん0930.pngJSCP 地域連携推進部の与儀恵子

その後、自殺未遂者が搬送される病院に心理士を派遣するなどの形で既に未遂者支援事業に取り組んでいる姫路市(兵庫県)、長崎県、新潟市の担当者に、事業概要をご報告いただきました。

「閉会の挨拶」でJSCP代表理事の清水は、「自殺未遂者に対する支援を広げ、全国どこででも支援が受けられる状況の実現を目指したい。誰が、誰の大切な人が、いつ自殺未遂に追い込まれるか分からない。その時に、自殺ではなく生きる道を選べる『生きることの包括支援』を全国で実践していけるようにすることが大切だ」と述べました。

JSCP関係者の講演資料は、以下からダウンロードできます。

清水康之「自殺未遂者支援の枠組みと今後の展望」資料

与儀恵子「実践 自殺未遂者支援事業」