研修・会議

「地域の保健医療における自殺未遂者ケア・オンライン研修」実施レポート

2021年6月28日

2021320日(土)、いのち支える自殺対策推進センター(JSCP)は、「地域の保健医療における自殺未遂者ケア・オンライン研修」を開催しました。自殺未遂者ケアに関する研修はこれまでも医療関係者らを対象に実施してきましたが、地域で未遂者支援に取り組む自治体職員らを対象とした研修は初めての実施で、自治体関係者の他、民間団体職員ら計約400人が参加しました。

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研修会の冒頭で、JSCP代表理事・清水康之が挨拶。近年減少傾向にあった自殺者数が2020年に11年ぶりに増加したことを説明し、「この傾向が今後も続くかどうか、今年(2021年)がそれを左右する重要な年になると考える。自殺者数を減らすための重要課題の一つが自殺総合対策大綱でも重要施策の一つに位置付けられている自殺未遂者支援だが、現状では全国的な広がりを見せていないのが実情だ。未遂者支援の重要性を認識していながらも、どこから手をつけてよいか分からない方も多いのではないか。当センターでは、未遂者支援を研修だけで終わらせることなく、地域に広げるところまでかかわっていくことが使命と考えており、今日をその最初の一歩と位置付けている。」と述べました。

清水さん.JPG続いて、厚生労働省自殺対策推進室長・岡英範氏から「2020年の自殺者のうち、『自殺未遂歴有』は4173人で、2019年に比べ450人増えた。こうしたデータからも、未遂者支援をしっかりすることは自殺者減に資すると考える。研修を通し、さらに各地での取り組みが進んでほしい。」と挨拶がありました。

岡英範氏.jpgのサムネイル画像

その後、JSCPセンター長・本橋豊、江戸川区健康部副参事・菊池佳子氏、岩手医科大学神経精神科学講座教授・大塚耕太郎氏、札幌医科大学医学部神経精神医学講座主任教授・河西千秋氏の4名が、それぞれ講義を行いました。

【講義①】「コロナ禍における地域自殺未遂者対策の現状」 本橋豊

JSCPセンター長の本橋豊が、コロナ禍における日本の自殺の現状やWHOの提唱する自殺対策のアプローチ、自殺対策基本法や自殺総合対策大綱における自殺未遂者支援の位置づけ等について、総論を解説しました。

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【講義②】「地域における自殺未遂者支援」 菊池佳子氏

東京都江戸川区では、改正自殺対策基本法(2016年施行)に基づき自殺対策計画をいち早く策定し、積極的に自殺対策に取り組んでおり、特に自殺未遂者支援では先進的な取り組みを展開しています。

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江戸川区の未遂者支援は入院中からスタート

菊池氏によると、江戸川区の未遂者支援は2014年の秋にスタートし、三次救急医療機関(救急指定病院のうち、最も重症・重篤な患者を受け入れる医療機関)である都立墨東病院と連携して実施しているそうです。具体的には、救急搬送されてきた未遂者に対し、病院スタッフが区からの支援を受ける意思があるかどうかを確認し、支援への同意が取れた未遂者について区の「いのちの支援係」につなぎます。いのちの支援係の職員は、未遂者の入院中から病院に赴いて関係構築を図り、未遂者本人が抱える課題などを一緒に整理していきます。退院から半年後をめどにさらに継続的な支援が必要なケースは、区内8地区にそれぞれ設置されている健康サポートセンターの地区担当保健師に引き継ぎます。

病院スタッフとの「連絡会」で連携を強化

江戸川区では、医療現場との連携を強化するため、年12回、病院スタッフとの連絡会を開催し未遂者支援の事業評価を行っており、患者を医療現場から地域につなぐ必要性を医師らに改めて感じてもらう場ともしています。

例えば、連絡会で顔を合わせる中で「継続的な入院が必要で転院していく人は、ここ(墨東病院)の段階で地域につながなくてもよいと思っていた」などと語る医師らに対し、区としては「ここで本人の同意が得られれば、地域(自治体担当者)につないでほしい」と改めて伝えるなど、認識のズレの修正や問題意識の共有を図っています。また、病院から地域の自治体担当者等につながった未遂者が、退院後にどのような支援を受けてどのように課題解決につながったかなどの経過を報告することで、医師らからは「つないだ後の様子を知ることができて良かった」といった声が寄せられ、菊池氏は協議会の開催によって、「さらなる連携強化につながる好循環が生まれている」と話しました。

課題は1次、2次救急でのアプローチ

江戸川区では、自殺未遂者の救急搬送が年間約300件あり、1次、2次救急への搬送が大半を占め、3次救急に搬送されるのはごく一部です。菊池氏は、大半の未遂者を受け入れる1次、2次救急での未遂者へのアプローチをまだ進め切れていないことを課題として挙げ、「1次、2次救急では3次救急に比べて軽症のため、地域に引き継がれることなく退院してしまうことがしばしばある。3次救急とはまた別に、1次、2次救急の実情に合った連携の方法や仕組みを模索していく必要がある」と、述べました。

【講義③】「自殺未遂者ケアの実践の基本と教育」 大塚耕太郎氏

自殺未遂者ケアにおいては、危機介入(救急医療)から、急性期医療、退院後の地域におけるケアに至るまで、包括的な支援が求められています。「医師不足全国ワースト」の岩手県では、河西氏らと共に長年にわたり未遂者支援の研究・実践に取り組んできた岩手医科大学の大塚氏が中心となり、地域を巻き込んだ自殺未遂者支援が行われてきました。

大塚先生 (1).png

共に学び合う実務者研修を通して連携体制を構築

講義の中で大塚氏は、「教育的アプローチ」を通して多職種、多機関での未遂者支援の連携体制の構築を進めた事例を紹介。医師会や保健師、養護教諭、教育委員会、消防など、地域の様々な支援者に対し、学ぶメリットがあり参加者間で交流ができるような、参加者が主体的に参加できる実務者研修を継続的に企画・実施していくことの重要性を強調しました。

その上で、研修で大切なこととして「ためになるスキルや知識を得られるだけでなく、研修で人と会い共に学びながら互いが温かくかかわることが、自殺未遂者ケア従事者のエンパワメントにもつながることを忘れないでほしい」と語りました。

地域での役割分担が大切

さらに大塚氏は、「自殺対策が目指すのは、住民一人ひとりに支援が届く『人を支える仕組みづくり』である」と述べ、「地域での自殺対策は、未遂者支援を含め様々なアプローチ方法や地域の支援者が存在する中で、それぞれの特性を踏まえた上で役割分担をしていくことが、地域での支援を広げていくために大切だ」と話しました。

【講義④】「救急医療を拠点とした医療・地域連携ケア・モデル」 河西千秋氏

河西氏は講義の冒頭で、国内外の多くの先行研究から「自殺未遂・自傷は最も明確な自殺の危険因子である」とした上で、ほとんどの自殺企図は精神疾患の影響下で脳に機能障害を来し、本来の自分らしさというものを失い合理的な判断能力を欠いた状態で実行されていることなどから「自殺予備群である未遂者を、こちらからぐっと手を伸ばして支援・ケアしなければならない」と、自殺未遂者ケアの意義を強調しました。また、「自殺対策の一環として医療で実施されている自殺未遂者ケアは、医療現場だけで行われているものではなく、医療の継続と、当事者が地域で生きていくための地域保健・福祉支援(地域ケア)の体制構築と実践が主体」と説明しました。最近、重症の未遂者が運び込まれる救命救急センターを起点に、医療と地域が連携してケース・マネジメント(当事者の個別性とニーズに配慮した医療者による積極的な支援)を行う病院が全国に増えつつあり、そこでは、社会資源を導入し、アセスメントと支援を続けながら当事者の自律性を涵養するような取り組みが行われていること、そして、それは「救急患者精神科継続支援料」という診療報酬項目として実施されていることを解説しました。

河西先生 (1).png

「精神疾患治療」と「生活上の課題解決支援」を同時並行で行う

河西氏は2002年当時、所属していた横浜市立大学附属病院で、重症自殺未遂者は、「生活上の問題が精神疾患を再燃・再発させる」ことと「精神疾患に罹患していることで生活上の問題解決が困難となる」ことの間で悪循環が起きていることを同僚たちと明らかにし、精神科治療とソーシャルワークをセットにした「ケース・マネジメント介入」を開始しました。具体的には、搬送された自殺未遂者が救命救急センターに入院中から、未遂者とコミュニケーションをとりながら精神医学的アセスメントと生活上の問題のアセスメントを同時に進め、未遂者自身に、自らが「生活上の問題からメンタルヘルス不調に至り、自殺企図に至った状況」を理解してもらった上で本格的な精神科治療やソーシャルワークを導入する取り組みであり、初期の段階から救急救命医だけでなく精神科医や看護師、保健師、ソーシャルワーカーなど多職種がかかわり、退院後も継続的な地域支援を実施していくというものです。また、未遂者がすべて受け身で支援を受けるわけではなく、自身が自律的に地域で生活していくための能力を涵養するというものです。「ケース・マネジメント介入」の結果、介入を行った患者群は、行わなかった患者群に比べて自殺企図のリピート率が低く抑えられました。

厚生労働省の戦略研究として、ケース・マネジメント介入を全国17病院で展開

河西氏によると、2005年から2009年には、厚生労働省の戦略研究として、河西氏らが実践してきた未遂者に対するケース・マネジメント介入を全国の17病院で実施するプロジェクト「自殺対策のための戦略研究・ACTION-J」が展開され、約400人の医療従事者がこれに取り組みました。その結果、ケース・マネジメント介入を実施した群は、通常介入の群と比べて自殺再企図発生率が大幅に抑制されました。このプロジェクトにより、科学的根拠に基づく実効性のある自殺未遂者ケア・モデルが世界に先駆けて日本国内で確立され、2016年度からはACTION-Jで詳細に定められたケース・マネジメント介入モデルが診療報酬の新規項目となり、標準医療として実施される基盤が整いました。なお、「医療現場でACTION-Jが忠実に実践されるよう、スタッフが2日間(計14時間)の研修を受講することが診療報酬加算請求の条件となっていて、2019年3月までの時点で、35の病院が加算請求施設となっている」と、河西氏は説明しました。

最後に河西氏は、「自殺未遂者ケアの最後の砦である病院を、地域自殺対策にいかに取り込むかが各地の課題となっている。未遂者ケア体制の構築は地域によっては簡単ではないが、行政や職能団体、志のある医療者らが核となり、事例検討会の開催など、できることから始めるという方法もある」と語りました。

ディスカッション・質疑応答

講演後には、JSCP代表理事・清水が司会を務め、登壇した菊池氏、大塚氏、河西氏が参加者からの質問に答える「ディスカッション・質疑応答」が行われました。

「未遂者支援を行う中で被支援者が既遂してしまった場合、振り返りの検討会や支援にあたった職員へのケアはどうしているか?」との質問に対し、菊池氏は「区のいのちの支援係が関わる場合にはすべてのケースで事例検討会を行っている。関係機関が関わる中で既遂が起きた場合にも、把握した時点で事例検討会を打診し、スタッフのメンタルケアも含めた振り返りの機会をできる限り設けるようにしている」と回答しました。大塚氏は、「支援者にとっても非常につらい体験で、燃え尽きて離職してしまうことも起こりうる。振り返りには、どう対応すべきだったかを検討する『リスクマネジメント』と『スタッフケア』の二つの意味があるが、スタッフの動揺が強い場合にはスタッフケアを優先し、全体で共有する際にもどちらに重点を置くかを明確にした上で振り返りを行う必要がある」と述べました。河西氏は、「自殺は複雑事象なので、誰か一人の責任に帰することも、一つの出来事に原因を帰することもできない。スタッフケアでは、そのことを伝えたうえで、支援者にも悲嘆反応が生じること、誰にでも起こり得る反応であることを説明し、こちらがケアを提供する準備があること、そこにアクセスするための情報をきちんと伝えることが大切だ」と語りました。

また、未遂者支援のカギとなる「病院と自治体との連携」に関する議論の中で河西氏は、「行政が医療機関と一生懸命に連携を取ろうとしても、病院側は個人情報の問題を理由にはねつけてしまうことがある。自治体が病院との連携を探る上でのヒントとしては、自治体で支援している未遂者がかかっている病院に対し、『この方のケース対応について一緒に話し合いをできませんか』と打診してみてはどうか。病院が承諾し、担当の医師と良い関係が築けそうな場合には、自殺対策の会議等への参加を呼びかけるなどしていくことで連携が広がっていくこともある」と助言しました。

JSCPは今後も継続的に未遂者支援研修を実施していきます

最後に、JSCP代表理事・清水が、「目指すべき未遂者支援のあり方はACTION-J等を通じて見えてきた。一方で、未遂者支援はなかなか広がっていないという現実もあり、現実と理想の間をどう埋めたらよいかという課題がある。今後も皆さんと議論し、議論したことを形にしていきたい」と閉会の言葉を述べました。

JSCPは今後も、自殺未遂者ケアに関する研修を継続的かつ集中的に行っていく予定です。地域との連携、学校との連携など、よりテーマを絞って掘り下げていくような研修内容も検討していきます。