研修・会議
【開催レポート】 第2回「自殺の表現」に関する映像・舞台関係者向け勉強会 ≪後編≫
勉強会の後半では、実際に自殺を描いたドラマ制作に携わってきたゲストを迎え、具体的な事例を紹介していただきながら、議論を深めました。
■ 【前編】日本の自殺の概況と、ドラマが影響した自傷・自殺事例
【後編】NHKプロデューサーが登壇 ドラマ『お別れホスピタル』自殺関連表現で配慮したこと
【事例紹介】連続ドラマ『お別れホスピタル』(2024年)
NHKエンタープライズエグゼクティブプロデューサー 小松昌代氏
「2年前に初めてWHOガイドラインを読み、非常に衝撃を受けた」というNHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサーの小松昌代さんに、終末期病棟が舞台のドラマ『お別れホスピタル』(原作・沖田×華、出演・岸井ゆきの・松山ケンイチ・古田新太他)を題材に、企画・演出・映像化のプロセスを紐解いていただきました(JSCP代表理事・清水康之も登壇)。マンガの原作では末期がんの入院患者が自殺で亡くなるシーンなどが描かれています。
■ 小松昌代氏(NHK エンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー)
フリーを経て1999年NHK エンタープライズ入社。数々のドラマ番組を手がける。主なプロデュース作品に連続テレビ小説『おひさま』、大河ドラマ『花燃ゆ』、土曜ドラマ『少年寅次郎』『お別れホスピタル2』、ドラマ10『はつ恋』『プリズム』『しあわせは食べて寝て待て』など。
ドラマ制作の意図: 「死」を迎える場所でもある病院を描こうとした
小松 病院は治す場所でもあるが、死を迎える場所でもある。人生の最期をどう迎えるかは誰にも訪れる問題だが、それは同時に最後までどう生きるかということでもある。そのような場所で様々な人生の終末を見つめてみようと企画した。
――第1話では末期がんの患者の「自殺」がテーマとなる。数多くのエピソードから、この話を最初に持ってきた意図は?
小松 ドラマの1話目に患者の自殺を扱うというのは難しさもあったが、脚本家の安達奈緒子さんの覚悟もあった。患者が死を選ぶという事件に遭遇することは、看護師である主人公・辺見が死とどう向き合ってゆくかということに非常に大きな影響を与えていく。
命を描くうえで避けては通れないエピソードだと思い、第1話に選んだ。この患者の死が通奏低音にようにドラマの最後まで流れていく。
――マンガ原作では窓から転落した過程や、転落後のご遺体の様子も具体的に描かれていた。映像化するにあたって脚本家や監督とどのように相談しながら演出していったのか?
小松 窓からではなく、屋上から転落するという脚本にしたが、ガイドラインを参考にし、自殺対策の専門家である清水康之さん(NPO法人ライフリンク代表でありJSCP代表理事)にも自殺考証としてアドバイスをいただきながら次のような工夫をした。
◇末期がん患者の自殺の原因や背景を単純化しないように描いた。一人の人物の中にも様々な要因があることが伝わるように演出した。
◇ 転落を描く場面は、初期の脚本段階ではより具体的だった。例えば「主人公が下を見て何かを発見する」といったト書きや、救命活動のシーンなどがあった。最終稿では具体的な描写を避け、屋上に残された車いすとたばこの吸い殻といったカットをつなぐことで、視聴者が転落を推測するように変更した。
◇ ご遺体を映さないということはもちろんだが、ご遺体を連想させるようなものも映像の中には入れなかった(原作には主人公が発見したご遺体の描写があった)。
◇「手段を描かない」という観点では、飛び降りたと明確にわからせないように心がけた。覗き込むといった演技をしない、またカメラから具体的な高さがわかるようなアングルを避けた。
清水 ドラマが情動に訴える表現をすることの重要性も理解しているが、そのことが脆弱性のある人に影響を与え、取り返しがつかないことが起きかねないという懸念がある。20年以上自殺対策に関わる中で様々なご遺族の方や当事者の方から話をうかがってきた経験を踏まえて、カメラアングルや、自殺念慮を抱えている人への影響を抑えられるような描き方の工夫を助言させていただいた。
――第3話には患者さん親子の心中未遂のエピソードがあった。原作では親子とも亡くなってしまうという結末だったが、ドラマでは病院スタッフが思いとどまらせて未遂になっていた。このストーリー変更の意図はどのようなものだったか?
小松 原作で主人公・辺見は、心中した親子に対して「どんな死に方を迎えようが、その人は自分の人生を全うした。そう私は信じたいから」と吐露する。
第1話で彼女は患者さんの自殺を経験しており、結末はちがってもこのメッセージを生かした描き方をしたいと考えた。辺見は親子の自殺を阻止したことを問われて「これ以上死なれてたまるか」と答える。様々な人の生が折り重なっていく中で、死なないという選択、死なずにとどまる選択もある、ということに願いを込めて変更した。
――摂食障害でリストカットを繰り返す主人公の妹(佐都子)が出てくるが、「死にたい」と希死念慮を口にする人物像の設定にあたって、プロデューサーとしてどんな準備をしたか?
小松 過食をするシーンでは、撮影方法や照明の当て方に工夫をすることで生々しくならないように配慮した。また、佐都子の設定にあたっては、NHKの『ハートネットTV』などの関連番組を視聴したほか、福祉番組の担当者に取材をしたり、臨床心理学の専門家にも監修を依頼したりした。また当事者の方にもお話を伺い、実際の経験をもとに設定と流れをつくって人物を立ち上げていった。例えば当事者の体験談から着想を得て、彼女の衣装にはリストバンドを取り入れた。視聴者に自傷痕を過度に想像させたりフラッシュバックが起こったりすることを避けた。
また、佐都子は中学でつまずき、母親の期待に応えられなかった失敗を自分で許せず、死にたいと思っているが、希死念慮がどういう心の作用なのかを視聴者にも自然な形で理解してもらえるように心がけ、俳優とも絶えず話し合いしながら役をつくっていった。
清水 脚本を拝見した際には、実際に過食嘔吐で苦しむ方や、自殺を考えている方の背景や内面を描いており、問題になるような表現はなかった。こども・若者の自殺が深刻な状況の中で、私がJSCPと別に代表を務めるNPO法人ライフリンクでも電話やチャットを使った相談を行っている。苦しんでいるこども・若者から「生きることから解放されたい」という相談が少なくない。この実情をしっかり伝えていただくことも、非常に重要だと思っている。登場人物の台詞をカットせず、むしろリアルにしっかり伝えるということが大切だと感じた。
質疑応答
勉強会の最後には、事前に参加者から寄せられた質問に答えた。
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【質問①】自殺シーンの描き方について、映像上どの程度までの表現なら許容範囲といえるか。台本・セリフ・映像・撮影・編集それぞれの段階でどのような配慮をすべきなのか、基準があれば具体的に教えて欲しい。
清水 WHOガイドラインにも「これが正解」と細かく規定されているわけではなく、あくまで方針に過ぎない。ほかの国々でも、明確な科学的な根拠があって、こちらが白であちらが黒という明確な分け方をしているわけではない。ただ、『13 Reasons Why』のように自殺者数の増加に影響があった可能性が示されているものもある。こういうセンセーショナルな描き方をしたときに、どれほどの影響があり得るのかを制作者が考え抜いて判断していくしかないと考えている。
自殺報道については過去8回勉強会を行い、知見を積み上げてきた。本日200人もの方が参加しているということは、現場で試行錯誤されているということなので、その積み重ねを共有することが表現の幅を広げることにもつながる。JSCPもお手伝いできることをともに進めたい。
【質問②】WHOガイドラインがあることで、表現の可能性が制限されるのではないか? 表現の自由とのバランスをどのように考えるか?
小松 テレビをつくる立場では2つリスクがあると考えている。無作為に誰でも視聴できることで、たまたま目や耳に飛び込んできたものが非常に強く残る場合がある。もう一つ、映画であれば最初から最後まで見たうえで判断してもらえるが、テレビはすぐに印象で判断される場合も多い。SNSなども含めて短い視聴時間で前後の文脈なく判断されてしまうというリスクがある。表現の自由はもちろん重要だが、そういったリスクや影響も熟慮したうえで、どんな表現方法があるかを具体的に考えていくしかない。
【質問③】映画や配信作品などはテレビに比べて公共性は高くなく、視聴者の意思で視聴を選択できるため、攻めた描写が可能になる。とはいえ大規模に公開される場合は、テレビと同様に影響力を加味して、自殺描写には慎重であるべきなのでしょうか?
清水 ガイドラインの中にも、配信の普及に伴い長時間かけて複数話を連続視聴する「ビンジウォッチング」と呼ばれる視聴態度への影響が示されている。「死にたい」という気持ちを抱えている人ほど自殺に関連した作品を食い入るように見入ってしまうという側面もある。視聴者と登場人物が近い立場や関心の高いテーマだと、自殺リスクが高まるということも起きかねない。リスクの観点から見れば、地上波でないから攻めた表現の描写が可能になるか?と言われると必ずしもそうとは言えない。人が亡くなってしまうことは取り返しがつかないので、リスクを踏まえた上で判断していただきたい。
【質問④】『お別れホスピタル』では出演者になにかケアを行っていたか?
小松 今回2年ぶりに続編を制作したが、出演者やスタッフの状況にもご家族が亡くなったり、介護が始まったりという変化がある。そういった個人の状況が、役の見え方や受けとり方にも変化をもたらしている。演ずる中でト書きや台詞を見て、「今こう感じた」「こんな感情が起こった」といったことを言える環境をつくるよう心掛けた。出演者だけでなく、スタッフに対しても現場で何か自分の心に起こってきたときにはとにかく話をしよう、と声をかけていた。
※過去に開催した「自殺報道のあり方を考える勉強会」のレポートは、こちらで公開しています。
終了後のアンケートより
アンケートでは「満足」が78%、「やや満足」が22%となり、下記のような感想が寄せられました。制作者側も試行錯誤を重ねている様子が認められました。
- 「改めて、自殺表現描写については考え抜かなければならない、と感じました。清水さんがおっしゃっていた『その作品によってもし人が死んでしまっても、当然ながら帰ってくることはない』という言葉が重く響きました。」(映画会社)
- 「ドラマの自殺表現、また報道などの自殺描写についてコンプラ的な視点でチェックすることがあります。センシティブな内容、かつ、各自の主観などもあり、表現の自由との兼ね合いも含めて、どこまで許容範囲か非常に悩むことが多くあり、勉強会の内容は学ぶことが多くありました。」(キー局)
- 「希死念慮を抱えた方々のトリガーにならないよう、細やかな配慮をしているのだということがわかった」(脚本家)
- 「自分の仕事に他人の生死が関わっているかもしれない、という自覚を持つ大変良い機会になった」(映画会社)






