啓発・提言等
【開催レポート】「第6回 自殺報道のあり方を考える勉強会~枠を越えたつながりが生む、更なる一歩~」
2024年5月 7日
JSCPは2024年1月21日(日)、「第6回 自殺報道のあり方を考える勉強会~枠を越えたつながりが生む、更なる一歩」を開催しました。本勉強会は、参加者が安心して議論できる場とするため、対象をメディア関係者とニュース・プラットフォーマー、SNS事業者などに限定しています。当日は、全国のテレビ、新聞、ネット、雑誌、プラットフォームなどから78名が参加しました。
過去の勉強会において、参加者の方から「既存の枠(社や部局等の垣根)を越えて自殺報道等に取り組むにはどうしたらよいか?」といった質問が複数寄せられました。そこで今回の【事例報告】では、新たにつながることで、「いのちを守る報道・情報発信」に向けて更なる一歩を踏み出したインターネットメディア協会、ライブ配信サービス「ツイキャス」を運営するモイ株式会社、NHKの取り組みについて、計4名の方々に報告いただきました。
(※登壇者の肩書は、勉強会開催当時)
<開会の挨拶>
JSCP代表理事 清水康之
JSCP代表理事の清水康之
開会の挨拶でJSCP代表理事の清水康之は、近年国内であった自殺報道の影響と、2023年7月の有名タレントの自殺報道の影響について、JSCPの分析結果を報告しました。
有名人の自殺がセンセーショナルに報道された後に自殺者数が増える現象は過去に国内外の研究で繰り返し実証されており、「ウェルテル効果」と呼ばれています。国内では近年、コロナ禍の2020年9月に有名女性俳優が亡くなった際や、2022年5月に有名男性タレントが亡くなった際などに顕著な影響が確認されています。いずれも、自殺報道の前後2週間の自殺者数を比較すると、報道後に顕著な増加が見られ、中でも亡くなった方と同性で年齢が近いなど、属性が似ている人の増加が目立ちました(詳細は、「第5回 自殺報道のあり方を考える勉強会」開催レポートの「開会の挨拶」をご参照ください)。
続いて清水は、2020年から2023年8月末までの「自殺者数の日次」のグラフ(下記)を示しました。
このグラフは、過去5年間(2015年から2019年)の自殺者数に基づいて算出した「予測値」と、実際の自殺者数「実測値」の差を示したもので、0(上記グラフの黄色線)を起点に上振れしている部分は予測値よりも実測値が多かった(超過自殺)人数、下振れしている部分は予測値よりも実測値が少なかった人数を示しています。
清水は「2020年9月と2022年5月の自殺報道の前後では顕著な自殺者数の増加が見られた。一方で、2023年7月の有名タレントの自殺報道の前後では、明確な増加は見られなかった。(自殺報道から約1カ月半後までのデータしか分析できていないため)現時点では断言はできないが、顕著な影響は見られていないと考えられる」と述べました。その理由について清水は「メディアの自殺報道の変化も、この背景にあったのではないかと、私たちは考えている」との見解を示しました。
JSCPでは、有名人の自殺報道があった直後から一定期間、全国紙やスポーツ紙、NHKや民放各局(全国放送)の関連記事・放送を可能な限り録画・収集し、WHO自殺報道ガイドラインに照らして報道内容を確認しています。そうした作業を通し、手段の詳細を伝える報道の減少、相談窓口情報を伝える報道の増加など、WHO自殺報道ガイドラインに沿った報道が増えている実感を得ています。こうしたことから清水は、「近年、自殺報道にどのような変化があったのかについては、現在様々な角度から調べている途中だが、自殺報道が良い方向に変化しているのではないかという風に、現場で自殺対策にあたる者としては感じている」と話しました。
<WHO新旧ガイドラインの変更点について>
JSCP広報官 山寺香
JSCP広報官の山寺香
続いて、JSCP広報官の山寺香より、世界保健機関(WHO)が2023年9月に公開した最新の自殺報道ガイライン『自殺予防を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識 2023年版』(Preventing suicide: a resource for media professionals Update 2023)の概要と、前版(2017年版)からの変更点について説明しました。大きな変更点は、メディアが自殺報道において「するべきこと(Dos)」と「してはいけないこと(Don’ts)」をまとめた「クイック・レファレンスガイド」が更新され、「してはいけないこと」に、「自殺の原因を単純化したり、一つの要因に決めつけたりしない」「遺書の詳細を報じない」の2項目が追加されたことです。
Preventing suicide:a resource for media professionals Update 2023から翻訳。ジュネーブ: 世界保健機関(WHO);2023。
ライセンス: CC BY-NC-SA 3.0 IGO。WHO はこの翻訳の内容や正確性について責任を負わないものとする。
また、2023年版の特徴としては、以下の点を挙げて説明しました。
- 自殺を予防する報道の肯定的な影響を指す「パパゲーノ効果」に関する最新の研究についての記載が増えたこと
- インターネットメディア、ソーシャルメディアなどの新しいメディアに関する言及はまだ限られているものの、既存メディアで得られた知見を活かすことができると説明していること
- 実際の報道にあたっての具体例が増え、より実用的になったこと
【事例報告1】インターネットメディア協会の「自殺報道についての考え方」公表について
インターネットメディア協会 小川一氏
インターネットメディア協会の小川一氏
ネットメディアで作る一般社団法人「インターネットメディア協会(JIMA)」は2023年9月、自殺報道の方向性を示した「自殺報道についての考え方」を公表しました。報告者の小川一氏は同協会の元理事で、協会内で自殺報道に関する議論を提起し、「自殺報道についての考え方」の取りまとめ役を担いました。
小川氏は、1981年に毎日新聞に入社し、社会部長や編集編成局長、取締役などを務めました。退職後の2022年4月からは、NPO法人自殺対策支援センターライフリンクで広報を担当しています。勉強会では、新聞社時代のご自身と自殺報道との関わりと、新聞社退職前後の自殺報道への考え方の大きな変化、JIMAの取り組みとその意義などについてご報告いただきました。
JIMAは、「フェイクニュースや誹謗中傷などネット上には様々な課題がある中で、メディアが手を携えて課題を乗り越え、ネットメディアの信頼をもう一度取り戻すために2019年に設立された。生粋のネットメディアだけでなく、大手新聞社や出版社のデジタル部門など約70媒体が会員になっている」(小川氏)団体です。
小川氏と自殺報道の関わりを振り返って
小川氏はまず、新聞社時代の自身と自殺報道の関わりについて振り返りました。小川氏が毎日新聞の社会部長となった2008年4月、当時自殺対策を所管していた内閣府の自殺対策推進室から面会の申し入れがあり、担当者に会って話を聞いたといいます。担当者はWHO自殺報道ガイドラインを示して、自殺報道について慎重に行ってほしい旨の説明をしました。それに対し、当時社会部長になりたてだった小川氏は「『国家権力に報道について指図されるとは』という反発もあり、『報道のやり方は我々自身が決める。お引き取りください』というような態度を取った」と振り返りました。
当時の対応について「今から考えると、この時(2008年当時)の日本は、自殺問題が大変な時期だった。2006年に自殺対策基本法が施行され、翌年には自殺総合対策大綱ができて『さあ、自殺対策はこれから!』という時期に、硫化水素自殺が多発した。この時、一般の新聞もスポーツ新聞もみな、硫化水素自殺について詳細に報じ、その情報が拡散している状況だった。内閣府は、この状況を何とか収めるために慌てていたのだと思うが、当時の私はそういう状況も知らず、本当に失礼なことを言ったと思う」と語りました。
近年の自殺報道について
近年の自殺報道については、「2020年7月と9月に有名男性俳優と有名女性俳優の自殺報道が相次いだ際には、自殺の手段がメディア間での特ダネ合戦で『抜き合い』になった。どこで、何を使って、という場所や手段に関する情報が、特ダネの材料となってしまっていた時期だった。その後、2022年5月に有名男性タレントが亡くなった際には、現場から中継を行ったテレビ局があり、問題となった」と概説しました。
そして、JIMAで「自殺報道についての考え方」をまとめようと動いたきっかけは、「この2022年の有名男性タレントの自殺報道だった」とし、その時の思いを「有名人が亡くなった時の報道は、まずネットやテレビのテロップでの速報に始まり、遺書の内容や周辺取材、テレビの場合は『街の声』として街頭インタビューなどが繰り返し流される。マスメディアは、有名人の過去の映像やコンテンツをたくさん持っているので、それを次々に出していくと、報道が止まらなくなる。この流れを何とか抑えなければと考え、動くことにした」と話しました。
JIMAの自殺報道への取り組み
JIMAでは2022年6月に「自殺報道を考えるプロジェクト」を発足して以降、以下の活動が展開されてきました。
2022年6月 プロジェクトチーム発足
2022年7月 キックオフイベント(評論家の荻上チキ氏らとの対談)
2023年3月 メディア関係者への意識調査
2023年6月 意識調査の結果を公表
2023年9月 「自殺報道についての考え方」公表
JIMAが2023年6月に実施した「自殺報道に携わっているメディアの責任者と記者を対象にしたアンケート調査」は、新聞社、ネット、出版社などの有力メディア25社の編集責任者らから回答がありました。その結果、自殺報道にあたって「いつも悩んでいる」または「時々悩んでいる」との回答が約9割に上り、メディアが悩みながら自殺について報じている現状が浮き彫りになりました。また、現在の自殺報道に「おおいに問題がある」または「ある程度問題がある」と答えた責任者も19名いました。
自由記述の回答では、「(自殺について)書かなければよいというものではない」「過剰な規制には反対だ」など、メディアの本音が寄せられました。
■意識調査の結果の詳細は こちら
JIMAの取り組みでは、メディアのこうした様々な声を受け止めながら議論が進められていきました。「報道の自由、言論の自由を守ることは、メディアにとって最も大切なことの一つだ。そうしたことにも配慮しながら取り組みを進めるにはどうしたらよいかと考えた結果、『ガイドライン』という言葉を使うのを避けることにした。メディアを縛るものではないことを明確に示し、自殺報道に関する議論のテキストとするため、『考え方』という名称にすることにした」(小川氏)。
議論を進める中でも最も気を遣ったこととしては、「(記事等のネット配信では)ページビュー(PV)数が増加すると利益が上がる仕組みであるため、メディアのデジタル担当者にはPV数のノルマがあり、達成できない日は悩まされることになる。そういう時に有名人の自殺が起これば、『ここでPVを増やそう』という発想が、メディアにはいまだにある。だから、プロジェクトではまず、『いのちをアテンション・エコノミーの圏外に置こう』ということをはっきりと伝えた」と話しました。
JIMAが公表した「自殺報道についての考え方」の概要は、以下の通りです。
◇報道にあたってのチェックポイント ①報道によって自殺の連鎖を招く恐れがあることを、最初にそして常に、認識する ◇ネット上の情報の収集・集積・発信にあたってのチェックポイント ①組織・個人を問わずすべてのネットユーザーは、発信の責任を負うことを自覚する |
■「自殺報道についての考え方」の詳細は こちら
最後に小川氏は、「今、メディアの経営環境は非常につらい状況だが、自殺報道への取り組みを通して読者やユーザーの共感を得て、一緒に希望を紡いでいくことができれば、メディアの未来もあるのではないか。自殺報道を考えるということは、メディアの未来を考えるということだ」と締めくくりました。
【事例報告2】ライブ配信サービス「ツイキャス」の取り組み
モイ株式会社 取締役 サービス運用本部長 芝岡寛之氏
モイ株式会社の芝岡寛之氏
次に、ライブ配信コミュニケーションプラットフォーム「ツイキャス」を企画・開発・運営するモイ株式会社取締役の芝岡寛之氏に、同社の取り組みについてご報告いただきました。
ツイキャスなど動画をライブ配信(生配信)するサービスでは、過去に自殺や自傷を生配信する事案が複数回起きたことがあります。2023年4月には、千葉県で女子生徒2人がマンションから転落するまでの様子をSNSでライブ配信する事案が起きました。この事案では、亡くなった生徒は当初ツイキャスで動画の配信を行っていましたが、危険を察知したツイキャスがアカウントを停止する措置を取り、未然に中継が中断されました。しかし女子生徒はその後、他のSNSプラットフォームのライブ配信機能を使って中継を続け、その動画がSNS上に拡散しました。
ツイキャスでは、こうした自殺・自傷に関する動画が他のユーザー、あるいはサービス外に拡散して不特定多数の人の目に触れて「ウェルテル効果」が発生するのを防ぐため、様々な取り組みを行ってきました。
ツイキャスとは
芝岡氏はまず、「ツイキャス」の事業概要について、次のように説明しました。
YouTubeなどの動画共有サービスとの違いは「配信内で視聴者がリアルタイムでコメントしたり、アイテムで盛り上げたり、音声で配信に参加するなど、双方向性が強いのが特徴で、コミュニケーションを主体としたサービスであること」だと説明しました。視聴者が数万人に上る人気配信もあれば、数人で雑談するような配信も多数あり、無料だけでなく有料のサービスもあります(詳細は、同社のHPをご覧ください)。
ツイキャスのコミュニティ運営について
コミュニティ運営について芝岡氏は、「一般の方が配信やコメントをしているので、日々本当にいろいろなことが起こるが、サービス運用本部ではユーザーの皆様に安心してご利用いただけるよう、様々な点を考慮してコミュニティ運営を行ってきた。当社は不特定多数のユーザーによるオンライン上のコミュニケーションの場として『ツイキャス』が活用されていることの重要性とリスクを念頭に置き、サービスの健全性維持・改善を行っている」とし、以下の取り組みについて説明しました。
コミュニティ運営の取り組み内容
◇児童・未成年ユーザーの保護対応 ◇ユーザー啓蒙活動推進 ・利用規約やコミュニティガイドラインの制定と周知活動 ◇著作権保護 ・専用通報フォームの設置 ◇サービス監視体制 ・内部および外部委託による24時間365日の通報対応 ◇その他 ・ユーザーが違反行為を見つけたら、報告しやすい通報機能の提供 |
「ユーザー啓蒙活動推進」としては、禁止事項等が書かれた利用規約やコミュニティガイドラインを制定しています。利用規約をユーザーが理解しやすい言葉で説明したコミュニティガイドラインでは、自殺に関して以下の記載があります。
「サービス監視体制」については、内部だけでなく外部委託も活用し2021年4月から「24時間365日の通報対応」を行っており、この体制を導入して以降は、ツイキャスで自殺の映像が最後まで配信される事案は起きていないといいます。「問題(リスクの高い配信)発見においてユーザーからの『通報』がとても効果的な手段であり、視聴者が報告しやすい仕組みや環境を提供することが重要であると認識している」と述べました。
また、コミュニティ運営の中で日々感じることの一つに、「拡散が早い」点を挙げ、「ツイキャスのユーザーはSNSをよく利用する方が多いため、ツイキャスの配信で何かが発生した時に、他のSNS(Xなど)で録画があっという間に拡散してしまう恐れがある」と話しました。
ツイキャスが24時間の監視体制を導入する以前には、未遂を含む自殺のライブ配信が数件ありました。芝岡氏は「実行前に発見して配信を止めることが最も重要と考えるが、もし実際に配信されてしまった場合も、迅速に録画を非表示にするなどの対応が必要と認識している。過去に行われてしまった自殺の配信は、毎回ニュースとして報じられた。ただ、こうした情報に触れることで希死念慮を持つ人などの自殺を誘発してしまう懸念があるので、メディアの皆さんには報じ方について検討いただければ幸いだ」と、自殺報道の影響についても触れました。
自殺関連への対応
ツイキャスの配信での「自殺関連」の事案としては、「自殺」の他、「自傷行為」「自殺幇助」「自殺誘引」「自殺のほのめかし」などがあります。芝岡氏は「それぞれに対応マニュアルや判断基準が作成されていて、担当者はそれに沿って対応している」とし、以下の具体的な対応について説明しました。
◇緊急対応 ・「自殺」等のワードを含む通報/自動検知を優先的にチェックする仕組み ◇基本的な対応方法 ・自殺のほのめかし、OD(過剰服薬)、自傷行為の配信は利用規約で禁止しており、判断基準書に沿って規制等を実施 ◇自殺の「ほのめかし」への対応 ・状況により規制基準は異なるが、判断が難しい ◇自殺誘引・教唆・幇助への対応 ・実際の被害が発生しない場合もアカウント停止(厳しめに対応) ◇大手配信者への対応 ・リスナーへの影響力が大きく、「後追い自殺」の懸念があるため、自殺関連のセンセーショナルな配信を控えるよう協力を依頼(場合によっては当該配信の録画削除の依頼を行う) |
「緊急対応」では、自殺や自傷行為の配信を行ったユーザーに対して、基本的にアカウント停止の対応を取っていますが、アカウントを停止されたユーザーに対し、それを解除する機会を1回だけ設けているのが特徴です。このことについて芝岡氏は、「ツイキャスが唯一の『居場所』となっているユーザーから、居場所を取り上げてしまうのはどうなのだろう』『アカウント停止だけでは配信者本人を救うことにつながらないのではないか』と、自問させられることがよくある。そうした背景もあり、アカウント停止となったユーザーに対し規制解除の申請ができるフォームを設けており、本人が問題点を理解し『もうやらない』と約束いただいた場合には、1回だけアカウント停止を解除する場合がある」と説明しました。
こうした問題に向き合う中で、同社は2019年にSNS事業を監督する総務省を通して厚生労働省自殺対策推進室を紹介され、助言を受ける機会を得ました。その結果、アカウント停止となったユーザーに対し、NPO法人などの相談窓口に関する情報が見られるサイトのURLを送信するなど、対応の改善がなされてきたといいます。
自殺関連のセンセーショナルな配信については、「配信者の方々は自殺に関する詳しい知識があるわけではなく、センセーショナルな配信が与える影響について知らないために、悪気なく行ってしまうケースも多い。しかし、実際にそうした配信が行われた場合は視聴者への影響が非常に大きいので、注意が必要だ」と述べました。
「自殺関連への対応」における課題
「緊急対応」での課題としては、「(自殺が行われる危険性がある配信を事前に見つけ出す)検知システムの精度の改善」を挙げました。配信時の音声をテキスト化してAIでチェックするなどの仕組みも作りましたが、テキスト化の精度等に課題が残るといいます。
また、他の事業者との連携の必要性について触れ、「最近はツイキャス以外にもライブ配信ができるサービスが増えており、ツイキャスでアカウントを停止したとしても、他のサービスに移動して配信の続きが行われてしまうことがある」とし、「(ライブ配信機能がある)各社のサービス間の横の繋がりを構築することも、課題の一つだと感じている」と話しました。
さらに、社内でライブ配信の監視に当たる従業員のメンタルヘルスも重要な課題となっており、「職員は自殺関連の専門的なトレーニングを受けているわけではないので、衝撃的な映像や自殺を肯定するような配信内容が、従業員の精神衛生に影響を及ぼす恐れがある。上長等に相談できる体制であることを従業員に説明しているものの、試行錯誤中だ」と述べました。
【事例報告3】NHK ①アナウンサーの取り組み 最終表現者として
NHKアナウンス室 チーフ・アナウンサー 山田賢治氏
NHKアナウンサーの山田賢治氏
山田賢治氏は、1999年にNHKにアナウンサーとして入局し、高松、松江、福島放送局などを経て、東京アナウンス室でチーフ・アナウンサーを務めておられます。2012年から5年間、Eテレの福祉番組「ハートネットTV」(毎週月~水曜の午後8時)を担当しました。同番組では自殺に関する特集を組むこともあり、山田氏はシリーズ「増える20代の自殺」「生きるためのテレビ」などで、生きづらさを抱える方々の声を聞き、自殺問題と向き合ってきました。
アナウンス室「自殺報道を考えるプロジェクト」結成の経緯
報告の冒頭で山田氏は、「アナウンサーだからといって、与えられた原稿を読めばいい、読むだけでいい、ということはありません。何ができるのか、アナウンス室で議論してきたことを、今日はご報告します」と述べました。
NHKアナウンス室ではコロナ禍の2020年に、「自殺報道を考えるプロジェクト」を立ち上げました。この年の7月と9月には有名俳優が相次いで亡くなり、それを機に自殺者数の急な増加がみられました。そうした事態を受け、山田氏に対し後輩アナウンサーから「いのちを守るための放送が、もしも『死にたい』と苦しんでいる人の自殺を後押ししてしまったら…」という相談が寄せられました。山田氏は「報道によって自殺者をさらに増やすリスクがある一方で、自殺を考えている人を救い、生きる道を選ぶことにつなげることもできる」ことを後輩たちに伝え、「アナウンサーという“最終表現者”として何ができるか」と問いかけました。
この問いかけを受けて後輩アナウンサーたちは、専門家から「人が自殺に追い込まれるのはなぜか」を学ぶ勉強会を企画しました。さらに、「アナウンサーにとどまらず部局横断で知識を共有したい」と、記者やディレクターにも参加してもらうことにしたといいます。
こうしてNHK内部の「自殺について考える勉強会」が、2021年に2回、オンラインで開催されました。1回目は、自殺を考える心理状況や自殺に至る要因を知るため、精神科医やNPO法人理事長を講師に招きました。2回目は「自殺防止×部局横断で考える―NHKにできること」をテーマに、アナウンサーや記者、制作に携わる職員が登壇。全国のNHK各局から200人以上が参加しました。
その後、山田氏と後輩アナウンサーたちは、勉強会で学んだことを基にアナウンス室独自の「自殺報道の注意点」を作成し、全国のアナウンサー全員に共有しました。「いつ誰が自殺に関するニュースを読むか分からない中で、いつも手元に置き、いざという時に確認ができるような資料にしたかった。アナウンサーが報道のデスクやディレクターと放送内容について議論する際、議論のたたき台となるような資料を目指した」と振り返りました。
NHKアナウンス室「自殺報道の注意点」の概要
山田氏は「自殺報道の注意点」について、以下の3つのポイントを説明しました。
ポイント①「自殺の手段や場所を伝えない」
WHO自殺報道ガイドラインにも記載があるこの項目について、「もしニュース原稿や台本などに自殺の詳細が書かれていることに気づいたら、周囲にガイドラインの存在を伝えて相談しましょう」などと記されています。また「最終表現者」として、「ニュースは粛々と読み、表情にも注意しましょう」などの記載もあります。
ポイント②「『死にたい』気持ちを受け止める」
VTRの中で登場人物が「死にたい」などと話した場合、キャスターはスタジオの「後説」で、その声をどう受け止めるか悩むこともあるといいます。そのため「自殺報道の注意点」では、「安易に励ましたり、否定したりすると相手を追い込むことにつながりかねません。受け止めることができない場合は、後説をなしにすることも検討を」などと具体的に記しています。
ポイント③「相談先につなげる工夫を」
WHO自殺報道ガイドラインで推奨されている相談窓口情報の提示に関する記載です。視聴者が「助けて」と言いやすくするために、「限られた時間で伝えるのは難しいことですが、少しでも相談窓口に繋がったり、周囲に相談したりできるように、私たちの伝え方も工夫が必要ではないでしょうか。またメールやチャットでの窓口も紹介しましょう」などと呼びかけています。
さらに、一人一人のアナウンサーが悩みを抱え込まないよう、「迷ったらプロジェクトメンバーに相談してください」というメッセージと共に、疑問点を相談できる窓口の連絡先も盛り込みました。
プロジェクトの立ち上げから4年が経ち、全国に転勤したメンバーもいます。山田氏は「東京だけでなく、地域の自殺問題の課題にも目を向けられる人材を育成していくことも大事ではないか」と述べ、転勤がもたらすプラスの効果を最大限に活用していく考えを示しました。
今後の課題
最後に、今後の課題について以下の4点を挙げました。
- 「自殺報道の注意点」の定期的な見直し
- 若手アナウンサーにも伝える機会を設け、後世に引き継いでいくこと
- 「相談窓口の紹介」をどうするか(相談窓口がひっ迫している現状の中で、視聴者に何を伝えるべきか)
- 自殺の問題に関する情報のアップデート(JSCPとの連携など)
【事例報告3】NHK ②報道現場での連絡相談の仕組みについて
NHK松山放送局 記者 秋山度氏
NHK記者の秋山度氏
秋山氏は2012年に記者としてNHKに入局し、福井放送局、水戸放送局、報道局(東京)の科学・文化部を経て、2023年夏から松山放送局に勤務されています。勉強会では主に、昨夏まで在籍していた科学・文化部で取り組んできたことについて、ご報告いただきました。
秋山氏が自殺報道について考えるようになったきっかけは、科学・文化部に在籍中の2021年12月に有名女性俳優が自殺で亡くなった報道がきっかけだったといいます。この時に上司から「自殺を予防するための報道や、支援団体の取り組みについて調べてくれないか」と声を掛けられ、「支援団体やJSCPなどと繋がる中で、もう少しやれることがあるのではないかと考え始めた」と、当時を振り返りました。
現場で感じた「課題」
自殺報道について調べていく中で、アナウンス室の山田賢治氏らが企画した部局横断の勉強会に参加したり、所属部署内で勉強会を開いたりするなどの取り組みを行っていきました。一方で、以下のような課題を感じるようになったといいます。
- 病気等で亡くなった有名人の訃報を扱う機会は多いが、自殺に関する記事を書く頻度は高くない。たまに自殺報道に遭遇した際、「自殺報道は大切だけれど、どう気を付ければいいんだっけ?」と、とっさに何をしたらよいか分からない
- 自殺以外の報道と同様に、現場の記者が悪意無く詳細な情報を盛り込んだ記事を書き、デスクに注意されて落ち込んでしまう場面を目にした
- 自殺報道に関連する部署に異動してきたデスクが、自殺報道に関する知識がなく「これからどうしよう」と戸惑う姿を目の当たりにした
こうした中で秋山氏は、「NHK局内で自殺報道に関する意識は高まってきているものの、基礎知識や意識のレベルにはばらつきがある」現状に気づき、報道現場で困った時に連絡・相談できる仕組みの必要性を感じるようになったといいます。
全国の報道現場が使う基幹システムに、「連絡・相談」の仕組みを設ける
この課題を解決するため秋山氏は2023年夏、当時上司であった報道局の管理職と協力し、全国のNHKの報道現場が使用する基幹システムに、自殺報道に関する情報を掲載する取り組みを始めました。このシステムは、ニュースの取材制作時に使われ、報道に携わる職員が利用するものです。
このシステムの中に、ニュースでの言葉遣いや取材上の注意点などをまとめた「参照ページ」があり、自殺報道に関する情報は、そこに掲載・共有されました。内容は、
- WHO自殺報道ガイドライン
- 厚生労働省とJSCPの連名による「自殺報道への注意喚起」のリリース
- 相談窓口情報の確認先
- ウェルテル効果について
- NHKの放送ガイドラインの、自殺の扱いに関する記述
- NHK内部の取材ハンドブックに記載の、ネット発信時の注意点
などです。掲載の狙いについて秋山氏は「基本的な内容ではあるが、参照しやすい場所で、普段使っている業務フローの中に位置づけたことで、課題である『現場の知識のばらつき』を少しでも減らせないかと考えた」と解説しました。
報道局内部の相談窓口を周知する
基幹システムでもう一つ共有・周知したものがありました。それは、報道現場で迷った時に相談できる、報道局内部の「相談窓口」の紹介でした。「東京と地方の自殺報道の要となる科学・文化部、社会部、ネットワーク報道部(全国の放送局を繋ぐ部署)の3部署について、取材統括を問い合わせ先に設定し、電話番号を掲載した。各部の取材統括を押さえることで、全国に広がるNHKの報道現場の情報共有を図りやすくするのが狙いだ」と述べました。
今後の課題
秋山氏は最後に、「取り組みは始まったばかりで、課題はまだまだある」とし、具体的な課題として、(秋山氏ら担当者の)異動後の継続性や、より広い現場に浸透させること、他部署との連携、などを挙げました。
<質疑応答>
司会:JSCP清水 小川氏、芝岡氏、山田氏、秋山氏
質疑応答での一場面
続いて、参加者から寄せられた質問に対し、登壇者の皆さんにご回答いただきました。
【質問①】ウェルテル効果の懸念が叫ばれているが、メディアが自殺に関する報道を全くしない方がよいのか?
秋山氏)あくまで個人の意見だが、やはりまずは取材に行って情報を確認するのが大原則ではないか。最終的に報じるかどうかはデスクなどの判断だが、取材した上でその都度考えていくことが大事なのではないかと思う。
小川氏)メディアの立場からすると、取材は報じることが前提だ。ただ、自殺に関する報道で絶対に忘れてはいけないことは、他のメディアがプッシュ通知した、ニュース速報を流したといったことに対する『負けてはいけない』という発想は、まず捨てることだ。そして、WHO自殺報道ガイドラインに沿った論点から、報じるべきことを吟味していくことだと思う。報道しないことが理想だとは思わない。
清水)自殺対策に関わる立場からも、全く報道しないことが理想とは思っていない。自殺は現に起きており、その実情を社会の多くの人たちが知ることは、自殺対策を進めていく、あるいは自殺対策の必要性を理解する、あるいは自身の周りでそういうことが起きないようにしていく意味で非常に重要だと思う。ただ、それがガイドラインを逸脱する形になってしまうと、まさに自殺の増加を招くことになりかねないので、どう報じるかが問題だと考えている。
【質問②】ドラマなどフィクションで自殺を扱う際の注意点は?
清水)WHO発行の「自殺対策を推進するために 映画制作者と舞台・映像関係者に知ってもらいたい基礎知識」というガイドラインがある。「すぐわかる要点」(クイック・レファレンス・ポイント)も載っているので、参照してほしい。
■映像制作のためのガイドラインは、こちら
【質問③】(読者や視聴者を)相談窓口へ誘導する効果的な方法は?
清水)現在、報道関係者の方々には自殺報道の際に、様々な方法で相談窓口に関する情報を伝えていただいている。私がJSCPとは別に代表を務めるNPO法人自殺対策支援センターライフリンクでは、電話、SNS、メールを使った相談事業を行っているが、自殺報道があった直後はできるだけ受け皿を強化している。しかし、自殺報道の直後には相談件数がぐっと増えるため、受け皿を強化し相談対応件数は増えても、相談対応率は下がってしまっている状況がある。だから、メディアに相談窓口を告知していただくことで、「相談したけれど繋がらなかった(相談できなかった)」という人を増やしてしまっている現状がある。
JSCPではこの点を少しでも解消するため、「こころのオンライン避難所」というWebサイトを作成・公開しており、自殺報道などショックな情報に触れた際に気持ちを落ち着けるセルフケアの方法や、相談窓口の情報、周囲にいつもと様子が違う人がいた場合の声の掛け方などを、まとめて掲載している。
自殺報道で相談窓口情報を伝える際には、具体的な相談窓口の情報に加え、「こころのオンライン避難所」についてもお伝えいただければ、仮に相談窓口に繋がらなかった場合も、セルフケアなどの必要な情報を入手できる可能性が生まれる。
もう一つ、ライフリンクの取り組みだが、生きるのがしんどいと感じている子ども・若者が匿名・無料で24時間いつでも利用できるWebサイトを、2024年3月にローンチする予定だ。自殺報道の際にその広場についてもお伝えいただくことで、直接相談はできなくても、気持ちを安らがせたり落ち着けたりできるのではないか。
(このWebサイトは、絵本作家のヨシタケシンスケさんが全面協力したWeb空間「かくれてしまえばいいのです」で、3月1日に公開されました。詳しくは、https://lifelink.or.jp/2627をご参照ください。)
最後に、登壇者の皆さんから一言
小川氏)他の登壇者の皆さんの報告を聞いて、「頑張らねば」という気持ちになった。芝岡さんのご報告にあった、女子生徒が自殺のライブ配信を行った件は、ツイキャスがアカウントを停止した後、Twitter(現在のX)に配信を移行し、自殺を実行してしまった。Xでもセーフティネットがあれば命は救えたかもしれない…と思わずにはいられない。やはりこれからは、それぞれが(関係者先に)呼びかけ、連携していくことが重要だと思った。
芝岡氏)本日参加し、メディアの報道の仕方がすごく進化していることを知った。私たちインターネット事業者がそのような動きを知らなかったり、その割にはコンテンツの影響力が大きくなっていたりする現実がある。私たちも、業界的に意識を高めて取り組んでいかねばと感じている。
秋山氏)先ほどは東京での取り組みをご報告したが、松山放送局に来てこれまで以上に若手記者と触れ合う機会が増えた。(自殺報道については)若手の方が意識が高いのではないかと感じている。若手からの鋭く根源的な質問にきちんと答えられる存在になっていきたいと思っている。
山田氏)発信に関わる一人一人が、自殺報道に関するアンテナを張っていかないといけないと感じている。そういった意味で、局内でのスクラム、さらには今日ご参加くださった皆さんも含めた「メディアスクラム」が必要だと思っている。同じ思いで自殺報道に関わっていくことが、命を守る・救う報道になっていくと思うので、これからも力を合わせていけたらうれしい。
清水)そのメディアスクラムに我々も加わらせていただき、ぜひオールジャパンで取り組んでいければと思っている。皆さん、今日は本当にどうもありがとうございました。
■過去に開催した「自殺報道のあり方を考える勉強会」のレポートは、こちらで公開しています。
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