啓発・提言等

【開催レポート】第5回 自殺報道のあり方を考える勉強会 ~地方メディアが変える、地域の自殺対策~

2023年11月13日

JSCPは2023年7月15日(土)、「第5回 自殺報道のあり方を考える勉強会 ~地方メディアが変える、地域の自殺対策~」をオンラインで開催しました。参加者が安心して議論できる場とするため、対象をメディア関係者とプラットフォーム事業者等に限定した勉強会で、全国の新聞・テレビ・ネットメディア・プラットフォーム事業者などから115名が参加しました。

■プログラムは、こちら

回目となる今回は、「地方メディアの自殺報道」をテーマとし、秋田県で16年にわたり自殺対策のキャンペーン報道を続けてきた秋田魁新報社の取り組みについて、キャンペーン当初から取材に携わってきた同社の吉田新一氏(現営業局次長)にご報告いただきました。続くパネルディスカッションでは、中小企業経営者の自殺防止相談に長年取り組み秋田の自殺対策をけん引してきた、秋田市のNPO法人「あきた自殺対策センター 蜘蛛の糸」理事長の佐藤久男氏、JSCP代表理事の清水康之が加わり、秋田魁新報社の報道が果たしてきた役割や、地域に密着した地方メディアだからこそできることなどについて考えました。

本勉強会開催直前の7月12日(水)には、幅広い分野で活躍し多くの若者らに影響を与えてきた有名タレント(享年27歳)が自殺で亡くなったことが報じられました。勉強会当日は、プログラムを急遽変更し、この有名タレントに関する報道の推移についても、JSCPから報告しました。

<開会の挨拶>
 JSCP代表理事 清水康之

shimizu01_231027.png

清水は挨拶の冒頭で、3日前に亡くなった有名タレントに関する報道に触れ、「形式的な挨拶よりも、皆さんの関心があるのは、今回の件をどう報じればよいか、あるいは報道の影響は出ているのかということだと思う」とし、自身の挨拶の後に、プログラムを変更して今回の自殺報道に関してJSCPより報告を行うことを伝えました。

近年の自殺報道の影響

清水はまず、厚生労働省が公表している過去5年間の月別自殺者数の推移に関するグラフを示しました。そして、「例年、1年のうちで最も自殺者数が多いのは3月だが、202010月と2022年5月は、3月の自殺者数を大幅に上回った。この2つの時期の共通点は何かというと、有名人が自殺で亡くなり、その報道が大きくなされた月であるという点だ」と指摘しました。

清水さん①_月別自殺者数の推移.png

厚労省サイト「自殺統計:最新の状況(暫定値)」より

次に、自殺者数の推移をより詳細に示した日別自殺者数のグラフを提示しました。このグラフは、過去5年間(2015年から2019年)の自殺者数の推移に基づいて算出した「予測値」と、実際の自殺者数「実測値」の差を示したもので、青色の線が引いてある「0」のラインが、予測された自殺者数になります。0(青色の線)を起点に上振れしている部分は実測値が予測値を上回った(超過自殺)人数、下振れしている部分は予測値よりも実測値が少なかった人数を示しています。

清水は、「このグラフで202010月の付近を見ると、実は9月27日から自殺者数が急増していることが分かる。この日は、有名女性俳優が自殺で亡くなり、その報道が大きくなされた日だ。次に2022年5月を見ると、11日に有名男性タレントが亡くなり、その自殺報道の直後から大幅に自殺者数が増加していることが分かる」と説明しました。

清水さん②_日別自殺者数の推移.png

そして、「このように、自殺報道の後に自殺者数が増加する現象は、過去にも国内外で多数起きており、『ウェルテル効果』と呼ばれている。残念ながら、この現象が最近の日本でも起きてしまっている」と話しました。

次に、これら2つの事案について、初報日の前後2週間に自殺で亡くなった人の数を性別、年齢別に示したグラフをそれぞれ紹介しました。2020年9月の有名女性俳優(享年40歳)の事案について特徴的な点として、女性俳優と同じ40代女性の自殺が急増し2倍以上に増えたことを指摘しました。

清水さん③_属性別・竹内さん.png

また、2022年5月の有名男性タレントの自殺報道の前後では、男性タレント(享年61歳)と年代が近い40代、50代の中高年男性の自殺が増加したことを指摘し、「実は、亡くなった方と属性や境遇の近い人が特に自分自身と重ねてしまう傾向があり、自殺報道の影響を受けやすいとも言われている」と述べました。

清水さん④_属性別・上島さん.pngのサムネイル画像

3日前の有名タレントの自殺報道について

続いて、3日前の有名タレントの自殺報道について、JSCPエグゼクティブアドバイザーの阿部博史氏が説明しました。阿部氏は、今回の自殺報道がSNSでどれだけ拡散しているか、過去の有名人の自殺報道と比べてどのような特徴があるのか、今度はどのような点に留意する必要があるか、などについて分析結果を基に話しました。

阿部氏は、2020年以降に自殺で亡くなった有名人の中で、特に大きな注目を集めた方々の事案について、各事案の初報日に起点をそろえ、3週間後までのツイート量、報道量、自殺者数、相談アクセス数などのデータを重ねたグラフを示しました。そのグラフにさらに、勉強会の3日前に亡くなった有名タレントの自殺報道について、初報から勉強会前日までのツイート数のデータを重ねました(下のグラフの黒い折れ線)。

阿部様資料①.png

阿部氏はグラフの見方について解説した上で、過去の有名人の自殺報道の傾向から読み取れることとして、以下の点を挙げました。

  • 「報道量」は、初日に鋭いバーストが生じ、その後概ね1日ごとに半減していくパターンがみられる
  • 過去の事案のツイート量は、初日に50万件~100万件超という高い値を記録し、1週間後には10分の1、2週間後にはさらに10分の1、というように推移している
  • 自殺者数の増加は初報からタイムラグがある。2020年に特に影響が大きかった2事案では、3週間の間に3つの山があった。発生から1週間後、2週間後に合わせた振り返り報道にも注意が必要と言える
  • 発生から少なくとも3週間は、報道への配慮が必要ではないか

そして、過去と今回の報道内容を比較した印象として「(事案のインパクトに比べ)報道のされ方がとても丁寧だったと感じている。報道量、報道内容、自殺手段を伝えるかどうかなど、様々な面で抑制的に報じられた印象だ」「初報日のツイート数も他の事案に比べて少な目の印象だが、その後のデータから過去の事案と似た推移を辿ると予測される。過去に自殺を誘発してしまった事案とかなり近いと捉え、引き続き留意してほしい」などと述べました。

続いて再び清水が登壇し、JSCPとは別に代表を務めるNPO法人「自殺対策支援センターライフリンク」が運営するSNSや電話の相談窓口にこの3日のうちに寄せられた声として、「Aさん(亡くなった有名タレント)さえ生きられなかった社会を、これから自分がどうやって生きていけばいいのか分からない」「あれだけ尊敬していたAさんが亡くなって、自分なんかが生きていていいのだろうか」などを紹介しました。
そして「報道が命を救うのか、それとも人を自殺の方に後押してしまうのか。それは報道の仕方次第ということもあるので、ぜひ慎重に対応していただけたらと思う」と話しました。

有名歌舞伎俳優の自殺(未遂)報道の影響について

清水は次に、2023年5月に起きた有名歌舞伎俳優の自殺未遂事案に関する報道の影響について、JSCPの分析結果を報告しました。日別の自殺者数の推移について、2023年5月末までのデータを分析したグラフを示し、「(発生から2週間分のみのデータではあるが、現時点で)大きな影響は出ていないと受け止めている。未遂事案であることが影響している可能性もあるが、影響が出なかった要因についてはまだ分析できていない」と説明しました。

清水さんグラフ⑤_猿之助さん・日次推移.png



清水さんグラフ⓺_猿之助さん・竹内さん・上島さん.png清水は最後に「ここまで、自殺報道が人を自殺に押しやってしまいかねないリスクに関する話をしてきた。一方で、自殺報道が人の命を守る・救うこともある。この後ご報告いただく秋田魁新報社の取り組みは、その強力な具体事例になっている。ぜひ最後まで参加していただきたい」と述べました。

【事例報告】秋田魁新報社の自殺対策キャンペーン報道について
 秋田魁新報社 営業局次長 吉田新一氏

yoshida01_231027.pngのサムネイル画像

吉田氏は秋田県で生まれ、1990年に秋田魁新報社に入社。社会部で警察取材などに携わり、2007年に自殺対策キャンペーン「支え合う『いのち』」が開始した当初から取材班に参加。その後、編集委員、社会地域報道部長、デジタルセンター長などを経て、22年から営業局次長として社の自殺対策事業を推進しておられます。22年~23年3月には、第2期秋田県自殺対策計画の策定委員を務められました。

秋田県の自殺の概況

吉田さん①(秋田の自殺率の推移).png出典:美の国あきたネット(https://www.pref.akita.lg.jp/pages/archive/75103
【資料1】自殺者の状況 ※レポート公開当時)

吉田氏はまず、秋田県の自殺の概況について説明しました。秋田県の自殺死亡率(人口10万人あたりの自殺者数、以下「自殺率」)は、1995年から2013年まで、19年連続で全国で最も高い状況が続き、ピークの2003年には、自殺率44.6(自殺者数519人)となりました。その後は、増減を繰り返しながらも減少傾向に向かい、2014年に自殺率が全国で最も高い状況を脱却して26.0(自殺者数269人)まで下がり、ピーク時から半減に近い水準となりました。

2019年には自殺率が再び全国で最も高くなりましたが、翌2020年には大幅に改善して自殺率18.0に。自殺率の全国順位は高い方から10番目となり、全国平均との差は1.6まで縮小し、東北6県では山形県に次ぐ低さとなりました。「この2020年は、秋田県の自殺対策を語る上で記念碑的な年になったと言える」と話しました。

しかし最新の2022年のデータでは、コロナの影響が遅れて顕在化してきたのか、自殺率が再び全国で最も高くなりました。自殺者数も、2019年以来の200人台となりました。

キャンペーン開始前夜 「2006年ショック」と「自殺対策基本法の成立」

吉田氏は次に、キャンペーンが始まった背景について話しました。
秋田魁新報社が自殺対策キャンペーン報道を開始したのは、2007年でした。その前年の2006年、それまで2年連続で減少していた秋田県の自殺率が増加に転じ、年間の自殺者数はピークの2003年に迫る482人となりました。吉田氏はこれを、「2006年ショック」と表現しました。

「こうした状況に対し、佐藤久男さんが運営するNPO法人『蜘蛛の糸』をはじめとする地元の自殺対策関係者は、相談活動や居場所づくりを積極的に展開していた。秋田魁を含めた地元メディアが散発的にではあるが、こうした活動を意識的に取り上げるようになった。これが、キャンペーン前夜だったように思う」と振り返りました。

また、2006年に起きた自殺対策における大きなトピックスとして、「自殺対策基本法が成立し、自殺は個人のみの問題ではなく社会の問題であることが明記され、政府が自殺対策に乗り出したのがこの時期だ」と述べました。

秋田県における「自殺報道」

当時の秋田県で自殺がどのように報じられていたかを振り返るにあたり、吉田氏は1999年にスタートした朝日新聞秋田支局のキャンペーン報道「自殺の周辺」について触れ、「2007年当時はこのキャンペーンは既に終了していたが、自殺対策を真正面からとらえたキャンペーンとして秋田ではおそらく初めてであり、非常に骨太な内容で先駆的かつ野心的な企画だった」と評価しました。

そして、「秋田で自殺報道といえば、朝日新聞秋田支局の専売特許のようなものだった。この問題に本腰を入れて取り組むことになかなかスイッチが入らなかったのは、率直に、『8年も遅れて朝日の後追いをするのはちょっとしんどい』といった事情もあった」と本音で語りました。また、「秋田の自殺問題について、地元紙として性根を据えて向かい合わねばという気持ちはどこかにあったが、生半可な取材では無理だと分かっていたので、どこかで見て見ぬふりをしようとしていたところが正直あった」と言います。

それでも秋田魁の報道キャンペーンがスタートしたのは、「2007年4月の人事異動で社会部長となった人物の存在が大きかった。昔かたぎの社会部体質の正義漢であり、こうと決めたことは、部下の首に縄を付けてでもやり通すような人だった」と話しました。

秋田の自殺率は、なぜ高いのか?

こうしてキャンペーン報道がスタートすることになり、取材班が企画のプロットを練るためにまず向き合ったのは、「秋田の自殺率は、そもそもなぜこれほど高いのか?」という問題でした。検討の結果、以下の4つの仮説を立てました。

  1. 少子高齢化が進み、地域全体に沈滞感があった
  2. 原因を県民性に求めるなどあきらめムードもあった
  3. 行政の施策が住民に届いているのかはっきりしない
  4. 自殺予防のための民間団体の活動も知られていない

これらを検証するために社会部の取材班がまず行ったのは、県内全25市町村への2007年度予算に関するアンケート調査でした。その結果、25市町村中6市町では自殺対策関連予算がゼロであること、毎年自殺者が100人を超える秋田市では年間予算がわずか11万円であること、などが分かりました。

この結果をまとめた特報記事「自殺予防 6市町 予算ゼロ/秋田市わずか11万円」を同年7月6日に掲載した直後、秋田市は年間予算の30倍以上の340万円を補正予算案に計上することを発表。県も補正予算に自殺対策費を計上し、県内の全市町村が自殺対策に取り組むこととなりました。

キャンペーンの展開

吉田氏は、2007年の特報記事掲載から現在に至るまでの秋田魁新報社の自殺対策キャンペーンを、次の3段階に分けて説明しました。

  1. 第1段階(2007年~2012年)
  2. 第2段階(2013年~2017年)
  3. 第3段階(2018年~)

【第1段階(2007年~2012年)】
シリーズ企画「支え合う『いのち』」がスタート

特報直後の2007年7~9月にかけて、「支え合う『いのち』」の第一弾となる「抜け出せ自殺率全国ワースト」がスタートしました。第1部「『12年連続』の断面」、第2部「水際の戦い」、第3部「『秋田モデル』をつくろう」から成る3部構成の企画であり、「(内容は)新しくも何ともありませんが、それでも少しは胸を張れるのは、死にたいほど悩み苦しんでいる人に、自ら命を絶つのではなくて『生きるためにこういう方法がありますよ』という選択肢を意識的に仕込んでいったことです」と語りました。

例えば、第1部では、会社が倒産して自殺未遂を繰り返した男性が、自殺対策のNPOにたどり着いて生き直すことができた姿や、母親を亡くした別の男性がグリーフケアに取り組む民間団体と出会い少しずつ立ち直っていく姿などを描きました。これについて吉田氏は「事例紹介で終わらせるのではなく、あくまで主眼は相談先や支援先の紹介であり、救済の物語として読んでほしい。そうした、ある種戦略的な意図をはっきり持ったシリーズだった」と解説しました。

第2部「水際の戦い」では、秋田県内の民間団体の活動を、第1部よりも直接的に紹介しました。「秋田の自殺率は、なぜ高いのか?」に対する取材班の4つ目の仮説は、「自殺予防のための民間団体の活動も知られていないのではないか?」でした。「それは、裏を返せば『民間団体の活動を、我々メディアが体系的に報じてこなかったのではないか?』ということであり、そうした問題意識に立って企画のテーマを設定した」と説明しました。

「支え合う『いのち』」は、連載や随時掲載の単発記事として、現在も同じタイトルで継続しています。

「自殺対策フォーラム」の開催

紙面での展開と並行し、秋田魁新報社では編集局と営業局がタッグを組み、2007年から「自殺対策フォーラム」を年に1回のペースで開催しました。全国から自殺対策に関わる人々を秋田に招き、自殺対策に取り組む報道機関としての立場を鮮明にしました。
吉田氏は同社の自殺対策の取り組みについて、「最も特徴的なのが、こうした主催事業の展開だと思う。フォーラムに営業局を絡めたのは、イベント開催のノウハウがあることもあるが、何より協賛企業を募ることでこのキャンペーンに経済界を巻き込んでいきたいという狙いがあった」と説明しました。

また、秋田県の自殺対策での経験を、全国でも自殺率が高い北東北3県で共有するため、同社は2008年~2012年、自殺対策に関するフォーラムを北東北の新聞社と共催し、紙面でも詳細に報じました。

【第2段階(2013年~2017年)】

2013年~2017年には、県内の市町村を巡回する「さきがけいのちの巡回県民講座」を開催し、4年間かけて全25市町村を一巡しました。県や秋田大学、県医師会の専門家による基調講演、各市町村の自殺対策担当者や地元の民間団体関係者らが参加するパネルディスカッションから成る2部構成で、専門家と地元とのネットワーク構築にも一役買いました。講座の記録を協賛企業名と共に紙面に掲載し、地域課題の解決に企業も巻き込んでいきました。「キーワードは『アウトリーチ』。支援や情報を必要とする人に対し、こちらから積極的に出向いて繋がっていけないかという考えに立った企画だった」

また、キャンペーンスタートから10年の節目にあたる2017年には、東京・内幸町の日本プレスセンタービルで「全国フォーラムも」開始しました。

【第3段階(2018年~)】

県内の中学校を回る出張講座「SOSの出し方・受け方講座」を、2018年から開催しています。新型コロナウィルス感染拡大の影響でしばらく休止しましたが、2022年7月に再開し、これまでに14回開催されました。医師や秋田大学の専門家、民間団体の方々が講師を務め、生徒にはSOSの出し方、教職員や保護者にはSOSの受け方を学んでもらっています。企業の協賛金を原資とし、営業局が主管しています。こちらの講座についても、後日紙面で採録しています。

「『高齢者層に比べ若年層の対策がこれまで手薄だったのではないか』という反省が、この講座のベースにある。子どもの自殺対策強化を盛り込んだ改正自殺対策基本法や、自殺総合対策大綱の趣旨を担当者間で共有し、事業の参考にした」

 キャンペーンの意義

吉田氏は16年にわたるキャンペーンについて、「改めて振り返ってみると、新聞社として特別なことをしてきたわけではないが、唯一誇れるのは、長く続けてきたことだと考えている」とし、キャンペーン開始前と比べて決定的に違う点として「自殺をタブー視しなくなり、いろいろな場面で、いろいろな人たちが自殺について語れるようになってきたこと」を挙げました。

さらに、「タブー視しなくなったのは、身近なコミュニティや職場、家庭、学校であったりするが、弊社も例外ではない。わが身を顧みると、当時は自殺報道への偏見は社内でも根強く、上の者から『書くことで自殺は増える、誘発する』と言われたこともあった。今思うと、当時の社会部長は逆風に耐えながら、相当な覚悟でこの問題に向き合っていたのだと思う」と話しました。

そしてこれまでの経験から「自殺報道で欠かせないのは、目的と対象を明確にすることだ」とし、以下3つの点について詳しく説明しました。

  • 何のために書くのか?
  • 誰に向けて書くのか?
  • 自殺報道に伴う連鎖自殺への配慮

何のために書くのか?

「これは、自殺を減らすためということに他ならない。そのために弊社がやってきた、やろうとしてきたことは、『生きることを選択肢に加えませんか』という提案だったように思う。こういう悩みであれば、こういう相談先があります。 こういうケースならばこういう支援先はどうでしょう? そこへ行けば、こういう人がいて、その人はきっとこんな風に親身になってくれるはずです。という提案です」

「具体的には、報道や主催事業を通した民間団体の紹介がそれにあたる。ただ、これは弊社が特別なことをしているわけではなく、特別なことをしているのは民間団体の皆さん。記事やイベントがそうした方々の背中を押し、励みとなり、さらなるやる気を引き出すことになれば、それはすなわち秋田の自殺対策を推進する力になるはずだ。このことを意識しながら、仕事をしてきた。これは、胸を張って言えるのではないかと思っている」

誰に向けて書くのか?

「誰に向けて書くのかは、まさに『自殺予防報道』の肝だ。『自殺予防報道』とは、朝日新聞の『自殺の周辺』取材班のキャップであった高橋康弘さんが意識的に使われてきた言葉だ。『誰に向けて』を考える時、今まさに自殺念慮を持っている人たち、死にたいほど苦しんでいる人たち、あるいは大切な人を自殺で失い自分を責めている人たち、こうした人たちを最も大切な読者として意識して書くということになると思う。対照的に、不特定多数の読者をターゲットに書くと、どうしても読者の好奇心を満たすことに関心が向いてしまう。自殺予防報道では、その罠にはまらないよう細心の注意を払うべきだと思う」

自殺報道に伴う連鎖自殺への配慮

「自殺関連の報道では、報道が盛んな時には社内の議論も活発で、記者の意識も高まる。しかし、それから何年かして有名人の自殺やいじめ自殺、集団自殺のような問題が起きた時、当時の記者やデスクは既に異動しており、結果として配慮を欠いた報道をしてしまうリスクが生じる。これは、組織の大小にかかわらず、よく聞く話だと思う。年代や世代を超えて危機意識を共有するためには、例えばWHOの自殺報道ガイドラインや、それをベースにした独自の報道指針を定めるのもよいと思う。弊社には独自のガイドラインはないので、反省も込めてそう思う」

「さらに言えば、様々な状況や場面を想定しながら、こういう場合はどこまで書けるか、このケースは書くべきか、といったことを、自社とか他者とか関係なく普段から記者仲間とケーススタディすることが大切。また、迷った時こそ独りよがりにならずに専門家の意見に耳を傾ける。こうした積み重ねで、自殺を予防するための報道をブラッシュアップしていくことが大切なのだろうと思う」

吉田氏は最後に、「弊社が行ってきたキャンペーンは、『記事やイベントで自殺問題に関わる人たちを応援し、活動の励みにしてもらいたい。それがひいては秋田の自殺対策につながるはずだ』というささやかな志から出発した。ただ、今振り返ると、逆に民間団体をはじめ自殺対策に様々な形でかかわる方々から励まされ、ここまで続けてこられたのだと思う」と、講演を締めくくりました。

<パネルディスカッション>
 進行:清水康之(JSCP) 吉田新一氏(秋田魁新報社)、佐藤久男氏(NPO法人「蜘蛛の糸」)

panel_231027.png

続くパネルディスカッションでは、JSCP代表理の清水が進行役を務め、吉田氏と、NPO法人「あきた自殺対策センター 蜘蛛の糸」理事長の佐藤久男氏がパネリストとして登壇しました。

佐藤氏は、1943年に秋田県で生まれ、高校卒業後は秋田県職員などを経て1977年に不動産会社を設立しました。しかし、2000年に倒産し、うつ病を発症。回復後の02年、友人経営者の自殺をきっかけに、中小企業経営者の自殺防止相談を受ける「蜘蛛の糸」を設立。それ以降、自殺対策の民学官連携「秋田モデル」の推進役を担われてきました。

清水)
吉田さん、ご講演どうもありがとうございました。淡々としたお話の中にもユーモアと決意、そして何よりも思いがあり、それがひしひしと伝わってきた。一報道機関が自殺や自殺対策の記事を書いているというよりも、秋田魁新報はまるで自殺対策に取り組む報道機関といった印象を持った。

私自身、NHKの中で自殺対策について継続的に取材をしていくことの限界を感じて退職した側面があったので、吉田さんは「特別なことをしてきたわけではない」とおっしゃるが、ここまで粘り強く秋田の自殺対策、もっと言うと日本の自殺対策に深く貢献されてきたことに、改めて敬意を表したい。(※清水は、元NHK報道ディレクターです)

吉田さんのお話を聞き、秋田魁の自殺対策報道には3つの意義があるように受け止めた。

差し替え・秋田魁報道「3つの意義」.jpg

一つ目は「一般県民への啓発」であり、潜在的な相談者、あるいはご遺族を含めた一般の方たちへの啓発だ。二つ目は「民間団体への間接的な活動支援」。私自身がNPO法人「自殺対策センターライフリンク」を立ち上げた際もそうだったが、団体が知られていなければ誰も相談に来てくれず、行政に働きかけようとしても相手にしてもらえない。だから、メディアに取り上げてもらえることで、民間団体にとって活動がやりやすくなる部分が非常に大きいと思っている。三つめは「行政の監視」に関する部分だ。

ここからは佐藤さんも加わっていただき、秋田魁が行ってきた自殺報道の意義について、佐藤さんが実際にどう感じてこられたかも踏まえ、お話しいただきたい。例えば相談会の現場などで、秋田魁の記事が県民、あるいは自殺を考えたりご家族を亡くされたりした方々に届いているな、と感じるようなエピソードはあるか?

民間団体への間接的な活動支援

satou02_231027.png

佐藤)
自殺を考える人は、何かあってすぐに死んでしまうわけではなく、タイムラグがあることが多い。ある人は、秋田魁新報が私のNPOの活動を紹介した記事を切り抜いて大切に折りたたみ、相談にやって来た。1年も前に掲載された記事だった。そういう人が、これまでに何人かいた。

清水)
私も、秋田の相談員の方々にお話を伺った時、「記事の切り抜きをお守りのように大切に持って、相談に来られた」と聞いたことがある。やはり、相談会や、相談会を実施している民間団体を紹介する記事が、自殺念慮を抱える方にとっては命をつないでいく支えになることがあるということだろう。

佐藤)
もう一つは、「いつか何かあった時に、これ(相談機関を紹介した記事)を誰かに届けよう」という思いで保管されている方もいらっしゃると思う。

行政施策の監視

清水)
先ほど吉田さんの発表に出てきた、自治体の自殺対策予算がどれだけあるのかを報じた大きな記事があったが、記事が出た後に自殺対策の現場にはどのような影響があったのか?

佐藤)
あれは一面トップ記事で、秋田市の予算がたった11万円しかないと報じられ、市長も驚いたのではないか。このすぐ後に340万円の予算がついたことからも、やはりマスコミの影響力は秋田県では非常に大きく、行政や行政の長を動かす力を持っていると思う。

清水)
自殺対策は担当者がいたり担当部署があったりしても、そこだけでできるものではなく、全庁的な取り組みとしてやっていかねばならい。予算を確保しなくてはならない時には、やはりトップの理解が非常に重要だ。あのような記事は、トップに対する影響力が非常に大きいことが分かった。

吉田さんは、これまで本当にいろいろな角度から自殺対策キャンペーンに取り組んでおられるが、佐藤さんの話を聞いてどう思うか?

吉田)
秋田魁で自殺対策を取材する記者はだいたい皆佐藤さんとお付き合いがあるので、佐藤さんが話されたこと(記事の切り抜きを持って相談にやってくる方がいること)は、日常会話の中でよく聞いてきた。そのことは、みんなの頭に刷り込まれ、しっかり受け継がれていると感じている。「繋ぐ」ということは、常々意識しているつもりだ。

行政監視の話については、自殺対策に関する県の数値目標(例えば、県自殺対策計画に記された向こう5年の自殺者数の目標値)があるが、そこに対して弊社がやったのは、いわば進行管理のようなことだったと思う。例えば、県の戦略は現実的か、施策は効果的か、予算は確保されているか、マンパワーは十分かといったこと、あるいはどれだけ本気なのかをチェックしてきた。

 市町村に関して言うと、自殺対策が進んでいる市町村には熱心な保健師がいたという共通項がある。これは、取材の初期段階で分かってきたことだ。現場を知る保健師の情報がしっかり組織内で共有され、それが首長に伝わり、施策や予算に反映されるという循環ができていたように思う。やはり自殺対策は、住民に一番近い市町村の役割が大きい。
こうしたことから、キャンペーンの一環として秋田県内の保健師たちを集めて座談会を開き、それを1ページの特集紙面で紹介したこともあった。(保健師の動向が自殺対策推進の鍵となることから)現場同士の情報交換、あるいはネットワークづくりの機会をこちらから提供するような会を企画してきた。

清水)
地域の自殺対策の、まさにPDCAを回す。秋田魁は、その推進役を担ってきたと感じた。

質疑応答

参加者から寄せられた質問に対し、清水、吉田氏、佐藤氏が回答しました。

【質問】秋田魁新報の取り組みに感銘を受けた。報道部門にとどまらない全社的な取り組みに、地元紙の矜持を感じた。以下の2点について聞きたい。

  • 秋田魁新報の一連の企画報道について、書籍など、まとまった形で振り返ることができるものはあるか?
  • 発生した自殺を報じる場合、どのような記事を書き、どのように紙面化するかについて、秋田魁新報ならではの具体的な工夫はあるか?

吉田氏)現時点では、(秋田魁新報社の自殺対策キャンペーン報道についてまとめた)書籍はない。
また、社独自のガイドラインは設けておらず、WHOあるいは共同通信の基準に沿った形で運用しているはずだ。例えば整理部では、見出しの扱いに気を付ける、あるいは相談先の電話番号などを必ず載せることは、必ずやっている。おそらく、一般の方の自殺については、特別な背景がない限りは基本的に報じることはないと思う。

【質問】著名人の自殺報道では、「扱いを抑える」「詳細に表現しない」ことに加えて、「報道そのものをしない」という考え方もあると思う。秋田魁新報社では、「この件については掲載をやめよう」といった議論が、かつて実際にあったか?

yoshida02_231027.pngのサムネイル画像のサムネイル画像吉田氏)掲載をやめようという議論があったかについては、私が関与している限りでは、記憶にない。しかし、「報道そのものをしない」という考え方があることについては、全くその通りと思う。
報道現場にいると、自分たち(自社)だけ報じないことは難しい面もある。しかし、自殺予防報道という観点でいうと、そんなに簡単なことではないが、「報道しない合戦」というような道も、これからもう少し深めていってもよいのではないかと思う。


【質問】有名歌舞伎俳優の自殺(未遂)報道について。「自殺ほう助罪」という罪名での立件となった。詳しい自殺の方法や経緯などが捜査や報道のポイントとなるため、自殺対策の観点からの考え方とぶつかってしまう部分があると感じる。一連の報道の評価や、求められる報道姿勢などを聞かせてほしい。

清水)社会性や事件性がある事案の場合、そのことを伝えることに報道の責務がある。一方、自殺に関連する報道は、場合によっては人の背中を自殺の方向に押してしまうことがあり、そのバランスをどこで取るかということだと思う。
その時に、先ほど吉田さんが、「今まさに自殺念慮を持っている人たち、死にたいほど苦しんでいる人たち、あるいは大切な人を自殺で失い自分を責めている人たち。こうした人たちを最も大切な読者として意識して書く」という話をされたが、私もやはり、人を死に追いやるリスクを高めてまで報じる意義のある情報って何なのだろうか? と思う。そこのところを各社で見極め、情報発信する必要があるのではないかと思う。


【質問】子どもの自殺が増加する夏休み明けを前に、現在子どもの自殺対策の特集記事を準備している。子どもを対象にした自殺予防の必要性を強く感じているが、未成年への情報提供に関して、モデルとなる前例や取り組みはあるか?

吉田)秋田魁でも、SOSの出し方・受け方講座を始める前は、若者をターゲットに絞った対策はあまりしてこなかったと思う。講座で中学校を巡回しているが、行った学校では非常によい反響をいただいている。講座終了後に生徒に対しアンケートを実施すると、おおむね2割くらいの生徒が「何らかの支援が必要」、あるいはその「予備軍」であるというのが、各校で概ね共通した傾向だ。学校側の同意を得た上で、講座の講師の先生に情報を共有し、注意すべき点などを学校側に伝えるようなことも行っている。

ただ、限界も感じている。それは、新聞が読まれていないということだ。一番リーチしたい層である中学生、厳密に言えばその親世代に新聞を取ってもらえないので、講座を開催して紙面に採録しても、なかなか広がっていかないところがある。

 一方で、最近は実験的な試みも行っている。今年のゴールデンウィークごろに、これまでのSOSの出し方・受け方講座のアンケート結果をまとめた1ページの紙面を作成した。それをポスターにして秋田県内の全中学校に配布し、営業担当が可能な限り1校1校回って趣旨を説明し、目立つところに貼ってもらうようお願いした。
手作業の取り組みであり、自殺対策に答えはなかなか見つからないが、未成年の自殺問題は本当に大きなテーマであると感じている。

清水)「パパゲーノ効果」をねらった報道についても、言及したい。私の発表の中で、報道の影響で自殺者が増える「ウェルテル効果」について説明した。その逆で、報道の影響で自殺者が減る現象を「パパゲーノ効果」と呼ぶ。shimizu02_231027.pngのサムネイル画像
例えば、「かつて自分も死にたいほどつらい思いをしたが、今はその気持ちと一緒に生きている」という風な、自殺ではなく生きる道を選んだ人の情報を発信していくことだ。困難をすっかり乗り越えてしまった話だと、今自殺を考えている子どもや若者にとって遠い存在になってしまいかねないが、死にたい気持ちを抱えながらも「自分はこういう風にして何とか生きている」というロールモデルとなる方の情報・体験談を発信していくことは、大いに意義があると思う。

有名人が自殺で亡くなったことが大きく報じられると、その方をロールモデルに生きようと思っていた人たちは、「もう死ぬしかない」という思いに至りかねない。それとは逆に、「死にたい気持ちを抱えながらもこうやって生きているよ」というロールモデルがあれば、死ぬ以外の選択肢も意識することができると思う。

< 最後に一言 >

佐藤)秋田県は、自殺率が全国で最も高い状況が続いていたが、2020年は下から10番目になった。しかし、2022年は再び最も高い状況に戻った。秋田モデルのPDCAサイクルを見直すなどし、立て直さねばいけない時期にきていると感じている。

吉田)参加者の皆さんからのご質問などから、自殺をどう報じればよいかという報道現場の悩みが浮かび上がってきたように感じた。だが、「自殺報道」を「自殺予防報道」と読み替えて視点を変えてみると、スーッと楽になると言うか、あえて言えば、楽しくなると私は思っている。自殺予防報道というのは、非常に喜びと手ごたえを感じられる仕事だ。

前半の事例報告の中で、「なぜ秋田はこれほど自殺率が高いのか?」という問題意識でキャンペーンに取り組んできたという話をした。今回初めて気づいたが、あの時我々が「なぜ」と問いかけた先は、個人ではなく地域社会だったのだと思う。
つまり、「これほどたくさんの人が自ら命を絶つのはなぜか」について、個人的な動機を探りたいわけではなく、「これほど多くの人が自ら命を絶つ秋田は一体どんなところなんだろう」ということに関心を向けていた気がする。今思うのは、「社会のどこかに実は大きなひずみがあるのではないか」ということをテーマに据えることで、取材意図が明確になり、方向性も見えてくると思う。

清水)今吉田さんがおっしゃったことは、私も常々感じていることだ。一人一人は「幸せになりたい」と思って生きているのに、なぜ日本社会全体という集団になると、その中で一定数の方たちが、それも他国と比べて高い割合で「もう生きられない」「死ぬしかない」という状況に追い込まれていくのか。
これは社会のいろいろなひずみが凝縮した形で自殺問題に現れていると考えられ、逆に言うと、自殺の問題を丁寧に見ていくと、この社会のありよう、あるいは社会の中で命がどう扱われているのかが見えてくる。そういう感じを、私は強く持っている。

自殺対策を通し、誰もが生き心地がよいと思える社会を実現できると思っている。そのためには、メディアの皆さんと、自殺対策に取り組む民間団体の皆さんと、我々も含めて本当によいチームを組んで取り組んでいければと考えている。


■秋田魁新報社のキャンペーン報道については、以下のJSCP配信記事でもご紹介しています。https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/90a8310cef55a8e31a579ec9105e8eba9c09569c


■これまで開催した「自殺報道のあり方を考える勉強会」のレポートは、こちらで公開しています