研修・会議

第10回国際自殺予防学会(IASP) アジア・太平洋地域大会 現地レポート

2022年7月 7日

20225月にオーストラリアで開催され、JSCPの職員も多数参加した「第10回国際自殺予防学会(IASP) アジア・太平洋地域大会」の現地レポートです。
※こちらはJSCPニュースレター第9号の内容を転載しています。

国際自殺予防学会(IASP)について

1960年に創設された国際自殺予防学会(International Association for Suicide Prevention (IASP))は、世界保健機関(WHO)と公式な協力関係にある組織であり、自殺対策に関わる、世界約80か国の関係者から構成されています。

IASPは、エビデンスに基づく自殺対策推進のための研究成果や取り組み事例の共有、また国を超えた協力関係を築く場として、国際大会とアジア・太平洋大会を1年おきに開催しています。
今年は、「第10回国際自殺予防学会(IASP) アジア・太平洋地域大会」が53日から3日間、オーストラリアのクイーンズランド州ゴールドコーストにて開催され、33か国から約550名(現地参加者約400名、オンライン参加者約150名)が参加しました。

レタッチ_IASP_IMG_0221.jpg会場となったゴールドコースト コンベンション&エキシビジョンセンター

JSCPの発表

JSCPからは、7名が6件の研究、取り組みについての発表を行いました。
JSCPメンバー含め、全発表者のアブストラクト(発表概要)はこちらからご覧いただけます。https://www.iasp.info/apac-home/iasp-asia-pacific-conference-abstract-book/

PNG_IASP発表一覧.png

上記の通り、JSCPからは、新型コロナウイルス感染症流行下における日本の自殺の状況分析や自治体支援、自殺対策としての政策効果の可能性、また自殺報道へのJSCPの取り組みやGoogleトレンドを用いたコロナ禍における国内の児童、青少年の自殺リスク予測の可能性について発表しました。日本の自殺の現状と対策について、ミクロからマクロまでの視点を網羅したものであり、海外の参加者に高い関心をもって聞いていただきました。

特に海外の関心を引いたのは、精度と速報性の高い日本の自殺関連統計等

  • 当センター調査研究推進部部長代理の髙橋義明によるKeynote(基調講演)では、日本の自殺サーベイランスシステムについて発表を行い、政策立案の観点からリアルタイムデータの必要性を説きました。警察庁による自殺統計はその速報性において、世界随一と言えます。また、JSCP「革新的自殺研究推進プログラム(※)」に採択されている「自傷・自殺未遂レジストリ(症例登録)制度」の構築が開始されることにも触れ、特にサーベイランスシステムがまだ十分に整備されていない国々からの関心を集めていました(本制度は、世界保健機関(WHO)が各国に導入を促しているもので、すでにイギリスやオーストラリア等で導入されています)。
    ※革新的自殺研究推進プログラム https://jscp.or.jp/research/program.html
  • 今回のJSCP各メンバーの発表にあった、自殺報道の影響や政策効果の検証分析、そして地域の状況を踏まえた自治体へのタイムリーな情報提供や対策のサポート等も、警察庁による精度と速報性の高いデータ共有体制の構築が可能にしています。これは日本の自殺対策の大きな強みであり、さらにそれを対策に生かしていかなければならないことを再確認しました。

  • また、代表理事の清水康之が日本の自殺対策国家戦略に関する発表において、自殺対策基本法の存在が警察庁自殺統計の速やかな公表や地方自治体への地域自殺対策計画策定の義務化等の根拠となっていることを説明し、「世界中で、自殺対策に関する法的な枠組みを構築するために、自殺対策に関わる私たちはもっと政治を自殺対策に巻き込むべき」と訴えました。これに対して多くの参加者が共感を示し、発表後、清水代表理事のもとに意見交換を求めて来る人の列ができました。

  • JSCPのシンポジウムの質疑応答時には、参加者の一人から「JSCPの発表者のみなさんから、言葉を超えたパッションが伝わってきた。みなさんに感謝したい。」とのコメントがあり、海外連携(関係構築)において、「パッション」も大事な要素であり、それが伝わるのが現地でのface to faceのコミュニケーションであることも実感しました。

レタッチ_IASP_IMG_0128.jpgJSCPによるシンポジウム

レタッチ_IASP_20220505_145449.jpg

代表理事の清水は、コロナ禍で高まる自殺リスクに対して、
国やJSCP等が果たした役割について説明

レタッチ_IASP_img_0145.jpg分析官の新井は、児童・生徒の自殺者数と検索ワード
「学校行きたくない」との相関性について発表

レタッチ_IASP_DSC2720.jpg

基調講演では、調査研究推進部部長代理の髙橋が、
日本のサーベイランスシステムについて発表

レタッチ_IASP_iOS.jpg自殺報道へのJSCPの取り組みについては、
国際連携室長の仁科がリモートで発表

レタッチ_IASP_iOS発表後.jpg

発表後にも、JSCPの取り組みについての質問や
コメントを寄せられる方々と交流を深めた


学会参加を通じて確認された海外(アジア・太平洋)の状況と課題

主催者や各国の参加者による自殺対策における研究や実践、実情等の発表を通じて、各国共通の課題や問題意識が浮き彫りとなるとともに、地域固有の状況や課題も見えてきました。その地域固有の課題や取り組み等についても、今後の対策を考える上で、新たな視点や気づきを得られるものでした。
以下、印象に残ったポイントを挙げます。

ウィズコロナ・ポストコロナ時代の自殺対策

新型コロナウイルス感染症の流行下における自殺対策は世界共通のテーマであり、各国からコロナ禍での自殺の状況や取り組み、研究等について発表がなされていました。

ただ、国によってロックダウン実施の有無、ワクチンへの態度や感染症に対する意識の違い、そもそもの政治状況や文化的背景も異なるため、明確に新型コロナウイルス感染症がもたらす年代・性別等の属性ごとのリスクや影響、それらに対する効果的な対策等は確立されていない印象を受けました。一方、他国でも経済的な問題が全体的に自殺増加にも影響していることや、コロナ禍での孤独を理由に、電話やSNS等の相談件数が増加しているなど、日本と共通の課題も見られました。

今後もさらに高まりかねない世界レベルの危機に対し、各国が効果的に対処できるよう、引き続き、国を超えてエビデンスや効果的な実践の共有を積極的に図っていかなければならないと感じました。

先住民族(マイノリティ)の自殺問題と対策

今回は、オーストラリアでの開催ということもあり、開閉会式の講演やパフォーマンスをはじめ、研究や実践発表でも先住民族のアボリジニやトレス海峡諸島民について触れたものが複数見られました。

アボリジニとトレス海峡諸島民の自殺率は、他のオーストラリア人の2倍で、とりわけ15歳から34歳の先住民族の主な死因の第一位は自殺となっています。これらの背景として、社会における先住民族への差別偏見が根強く残っており、それが自己のアイデンティティの欠如にもつながっていると考えられています。

西オーストラリア大学は、CBPATSISP(アボリジニとトレス海峡の島民自殺予防のベストプラクティスセンター)を2017年に設立。先住民や医師、行政等とともにエビデンスを通した政策・実践・研究に取り組んでおり、指揮を執る西オーストラリア大学のPat Dudgeon教授は、「(先住民のアボリジニやトレス海峡諸島民の自殺問題において)解決策の核となるのは、コミュニティの当事者意識とその文化を大切にするという概念」と述べていました。

また、クイーンズランド大学のマリー・トゥームズ教授とLivingWorksという民間企業は、「I-ASIST」というオーストラリア全土のアボリジニおよびトレス海峡諸島民とそのコミュニティに向けた自殺介入スキルトレーニングプログラムを開発するなど、積極的な取り組みが進められています。

オーストラリアでの先住民族への対策は、日本や世界においても、マイノリティ(民族的、社会的)への対策に通じるものであり、今後の取り組みや成果を注視していく必要性を感じました。

自殺未遂者(サバイバー)、遺族ら当事者の「生きられた経験(Lived Experience)」

本学会では「Lived Experience(生きられた経験)」という言葉が、よく見聞きされました。

特にこれはオーストラリアの発表者や参加者から聞かれ、過去に自殺未遂歴や自殺念慮を持った当事者としての経験が、研究や実践において積極的に活かされていることが印象に残りました。現に開会式で講演を行ったオーストラリア ブラックドッグ研究所のアボリジニ・トレス海峡諸島民戦略ディレクターの女性も、ルーツがアボリジニであり、遺族であり、かつ自身も自殺念慮を抱えていた当事者でもあり、その「生きられた経験(Lived Experience)」を活かして、活動にあたっているのが、象徴的でした。

日本の自殺対策においても、自死遺族(遺児)の声が社会を動かし、自殺対策基本法の制定を始めとした、対策の基盤が作られてきた経緯があります。改めて、当事者目線に立った調査研究や対策を推進していくことの重要性を実感させられました。

最後に

本学会を通して、日本が先進的に実施している対策、あるいは今後さらなる発展が望まれる対策など、日本の立ち位置を客観視する機会となりました。

日本においては、警察庁による自殺統計と「自傷・自殺未遂レジストリ(症例登録)制度」の構築開始により、コロナ禍における自殺リスクの実態がより詳細なデータとしてタイムリーに把握、蓄積されていくことになります。今後はそのデータを活かし、地域や医療等の現場でいかに効果的な対策に還元できるか、その効果検証も含めて、世界の関係者に共有していく使命があると考えます。

今後も、自治体、民間団体、医療、研究、学校、メディア関係者の方々、そして生きられた経験(Lived Experience)を持つ当事者の方など、自殺対策に関わるあらゆる分野の皆様とともに、JSCPは我が国の自殺総合対策における「ハブ(つなぎ役)」として、対策を推進してまいります。