研修・会議

【開催レポート】令和6年度「第1回 生きることの包括的支援のための基礎研修」

2024年12月 3日

JSCP20241114日、自死遺族等と接する可能性のある地方自治体の職員などを対象に、令和6年度「第1回 生きることの包括的支援のための基礎研修」をオンラインで開催しました。この研修は、都道府県と市区町村の自殺対策担当者や関係者が、地域において「生きることの包括的支援」としての自殺対策を推進するべく、事業企画の立案や支援技術の理解に役立てることを目的として、毎年度テーマ別で開催しているものです。

今回は、2024年9月にJSCPが公開した「自死遺族等を支えるために 総合的支援の手引(改訂版)」を踏まえて、既存事業の見直しや新規事業の検討、実際に自死遺族等と接する際の参考となるように、手引改訂版の内容説明や、自治体の具体的な取り組み事例の紹介、パネルディスカッションを実施しました。全国から約500人に参加いただきました。(研修の次第はこちら

1.「自死遺族等を支えるために 総合的支援の手引(改訂版)」作成の経緯と内容の説明

研修ではまず、JSCP自死遺族等支援室長の菅沼舞が、手引を改訂した経緯や改訂版の概要を以下のように説明しました。(説明資料はこちら


【手引改訂の経緯】

202210月に閣議決定された第4次自殺総合対策大綱では、201811月に発行された旧手引の活用や必要な見直し、情報の整理と提供を行うことが示されました。今回の改訂はそれを踏まえたもので、改訂版の作成に際し、自死遺族等支援に関して高い知見を有する専門家や支援者による有識者会議を設置して議論いただくとともに、自死遺族等支援団体からの意見なども参考にしています。

※有識者会議での議論は、「自死遺族等を支えるために 総合的支援の手引(改訂版)」のページで公開しています。

改訂のポイントは次のような点です。

  • 自死遺族等支援に関わる地方自治体の職員や支援者が、自死遺族等の心情を深く理解し、事業の立案から実施に至る過程をより把握しやすくなるよう、全面的に構成を見直し
  • 自死遺族等支援事業を実施する上でポイントとなることや生活支援制度など、時代に即した新たな情報を追記
  • 自死遺族等の置かれがちな状況や心がけたいことなど具体例を提示
  • 事業を実施する際の参考となるよう、地方自治体や民間団体が実施している自死遺族等支援事業の事例を多数紹介(前回版の3事例から27事例に)
  • 自死遺族等支援のための研修資料やリーフレットなどとして活用できるように、手続一覧や相談窓口、イラストなどを掲載
  • 最新情報へアクセスしやすいように、参照サイトのURLや二次元バーコードを掲載
  • 自死遺族等の心情にも配慮し、用語の使い方などを工夫


【手引改訂版の概要】

手引改訂版は、「はじめに」「自死遺族等が置かれがちな状況」「自死遺族等支援の枠組み」「自死遺族等支援の実践」「自死遺族等支援の取組事例」「自死遺族等が直面し得る課題に対する参考情報」の6章構成。全128ページと前回版の40ページから約3倍のボリュームとなり、内容も大幅に拡充しました。上記のポイントで掲げたことを含め、自死・自殺で身近な人を亡くした方々に接する際に心がけたいことや、地方自治体による自死遺族等支援の法的根拠や責務、自治体が行う事業や期待される役割などを詳しく具体的に解説しています。

※菅沼の講義については、YouTubeで一般公開しています(約40分)。(動画はこちら

fig-suganuma.jpg


2.
事例掲載自治体の取り組みを紹介

続いて、手引改訂版の中で事例を掲載している3自治体の担当者から、それぞれの具体的な取り組みについて説明いただきました。以下にその概要を紹介します。(説明資料はこちら


【岐阜県(県精神保健福祉センター/千の風の会(岐阜県自死遺族の会))】

岐阜県では、2008年1月に県主催のフォーラムを開催。その中で、自死遺族の方から自死遺族等支援団体の立ち上げについて提案があったことを受け、県精神保健福祉センター(以下「センター」)や保健所がその立ち上げを支援し、同年「千の風の会(岐阜県自死遺族の会)」が発足しました。現在も自治体と民間団体が連携して自死遺族等支援事業を実施しており、2024年1月には、設立15周年を迎えています。
県と千の風の会の連携事業の一つが「ピアサポート事業」(*)です。「大人数のわかち合いの会ではなく、少人数で話をしたい遺族がいる」との声を受け、2018年1月からスタートしました。事業の準備にあたっては、センターの精神科医や弁護士、宗教関係者などの外部講師を交えながら、運営について自死遺族等の方々と勉強会や意見交換を実施。現在、広報や申込受付、参加されるご遺族の体調面などの把握をセンターの職員が担い、当日の運営を千の風の会の自死遺族等の方が担う形で事業を進めています。開始当初の参加者は月3人ほどでしたが、現在は月7人ほどに増え、「大勢の前では話しづらい内容も話すことができる」「参加者を中心に話すことができるため、話を聴いてもらえたと感じやすい」などの感想も寄せられています。

*少人数での自死遺族等同士の話し合いを希望する方に、研修等を受けた自死遺族が話を傾聴し、相談を受ける事業。

岐阜県.jpg

また、2015年度から「警察学校や消防学校の学生を対象とした自死遺族による講演会」を毎年開催。県内の警察学校、消防学校の学生など命にかかわる職種の学生が対象で、毎年約200人前後が受講しています。
その講師を千の風の会に依頼。当事者の方に体験談を語ってもらうことで、自死遺族等と接する可能性のある消防や警察の職員を志す学生に、自死遺族等の置かれがちな状況や接する際に心がけたいことなどを知ってもらうのがねらいです。この取り組みから、県警が独自に自死遺族等に配布するリーフレットを作成するなど、各関係機関にも効果が波及しています。
講演する際には、自死遺族側の要望だけを伝えるのではなく、警察や消防の業務内容にも理解を示したうえで、自死遺族等の置かれがちな状況や心情について想像をしながら一緒に考えてもらうことを大切にしています。互いの立場を理解しながら意見交換を行う姿勢は、センターと千の風の会が連携して事業を行う際にも重要だと考えています。

岐阜県②.jpg


【東京都(都保健医療局保健政策部健康推進課)】

東京都では、202310月から、身近な人を自死・自殺で亡くした方(家族・親族・パートナー等)を対象に週4日の電話相談窓口を開設、今年度からは相談日数を週6日に拡大し、6月からはメール相談も開始しました。相談者の心情を傾聴するだけでなく、自死遺族等が直面し得る様々な問題に対して、死別直後からの相談に応じ、困りごとに対する助言や専門家等へのつなぎ支援などを行っています。現在は、都や市区町村のホームページに窓口の情報を掲載するほか、監察医務院や葬儀社などで、自死遺族等の方々にリーフレットを配布するなどして、窓口の周知を図っています。

開設当初は月50件程度だった電話相談件数も徐々に増え、現在は月100件近くの相談があります。メールについても同様に増えており、10月には約30件の相談がありました。窓口を知った経緯については、インターネットからの相談が半数程度であり、自死遺族等に直接、情報提供ができなくても、ホームページに継続的に掲載することが有用であると感じています。相談内容については、「家族に自死・自殺で亡くなったことをどう伝えればいいのか」「大家や鉄道会社からの損害賠償が心配」「労災を疑う場合や、負債に関する相続の手続をどうすればいいか」など様々であり、手引改訂版の内容が相談現場でも役に立っています。

東京都.jpg


【福岡市(市精神保健福祉センター自殺対策係)】

福岡市では、2004年に市精神保健福祉センター(以下「センター」)と自死遺族の会「リメンバー福岡」(以下「リメンバー」)が出会い、自死遺族等の集いを開催しました。その後、3周年、4周年、5周年の節目に事業を共同で開催、現在も自治体と民間団体が連携して事業を実施しています。発足当時のセンターの所長は、「自殺対策は、自死遺族等支援から」と話をしていたそうです。
2020年、新型コロナウイルス感染症の拡大により集いの会場が使用禁止になったことをきっかけに、オンライン形式の集いを開催。現在は、奇数月に対面、偶数月にオンラインを交互に実施しています。役割分担として、対面の場合は、会場の確保や広報、受付、体調が優れない人の対応など当日のサポートをセンターが担当。オンラインの場合は、受付から当日のサポートまでリメンバーが担当しており、集いのファシリテーター(進行役)は、どちらもリメンバーが行っています。集いの開催前後には、申込状況や当日の様子などの情報をメールで共有し、連携を図っています。
参加者数は、対面開催では2008年度から2023年度までの15年間で延べ1,453人が参加(1回あたり平均17人前後)。オンライン開催では、2021年度から2023年度までの3年間で、延べ192人(1回あたり平均8人前後)が参加しています。
センターでは、「バックアップの存在」であることを心がけていますが、記念事業を通じて互いの理解や連携が深まったことで自死遺族等支援の取り組みが長く継続できていると感じています。また、オンライン開催など自治体だけでは難しいスピーディーな対応ができたのも、20年間に及ぶ連携があったからこそと考えています。

福岡市.jpg

3.パネルディスカッション「地方公共団体が行う自死遺族等支援において留意したいこと、改訂版の手引の活用法について」

研修の後半は、事例報告者に手引改訂の有識者会議委員である滋賀県立精神保健福祉センター所長の辻本哲士氏も加わり、「地方公共団体が行う自死遺族等支援において留意したいこと、改訂版の手引の活用法について」をテーマに、参加者から事前に寄せられた質問の内容にも触れながら、登壇者全員でパネルディスカッションを行いました。以下、議論になった項目についてご紹介します。


【自死遺族等と接する際の姿勢】

自遺族等と接する際の姿勢については、普段、心がけていることや意識していることについて、登壇者から以下のような説明がありました。

  • 「専門性」ではなく、目の前の方に対して誠実に対応する「誠実性」を大切にする
  • 話すスピードや声のトーン、話の間など、相手のペースに合わせる
  • 気持ちの先取りをしない(本人が「辛い」と話す前に「お辛いですね」などと言わない)
  • 気の利いたことを言おうとしない
  • 「予防」「サイン」「時間が薬になる」などは使わないように、言葉の選択に気をつける
  • 「ご遺族」ではなく「ご家族」またはお名前で呼ぶ
  • 「何か支援をしよう」「理解しよう」と力まない
  • 対応について個人やチームで振り返りを行う
  • 背景も課題も感情もそれぞれ違うので、「自死遺族等」とひとくくりにしない
  • わかったふりをするのではなく、わかろうとする姿勢や相手に関心を持つ姿勢を大切にする
  • 支援者側の「自死遺族等」のイメージに当てはめようとしない


【自死遺族等の把握や情報提供の仕方】

自死遺族等の把握や情報提供の仕方については、自死遺族等の方々の中には「周りに知られたくない」と考える人もいるため、必ずしもこちらから積極的にアプローチをすることがいいわけではないことを踏まえた上で、登壇者から以下のような意見が挙がりました。

  • 消防、警察、弁護士など、地域の関係機関とのネットワークを構築し、様々な角度から情報提供を行う
  • 必要なタイミングはそれぞれ違うので、紙媒体だけでなくインターネットやSNSも活用する
  • 事業の開始時やリーフレット等の更新時などに、管内の関係機関に対して定期的に情報発信を行い、周知や情報更新を依頼する
  • 職員向けの研修や一般市民向けの研修などでアナウンスをしたり、リーフレット等を配布資料に入れる
  • 弁護士会や司法書士会、おくやみコーナーなどの自死遺族等の方々が利用する可能性がある関係機関に情報提供の協力依頼を行う
  • 地方紙や地方局などのマスメディアに働きかける
  • 自殺対策協議会などの会議体の中で、自死遺族等への情報提供について関係機関に考えてもらう


【民間団体や関係機関との連携】

民間団体や関係機関との連携におけるポイントについては、登壇者から以下のような意見が挙がり、自死遺族等支援や自殺対策を中心に関係機関と連携していくことの重要性について話がありました。

  • 目指すべき目的を明確にし、互いの共通認識や役割分担などを明確にする
  • 地域で困っている人たちの支援を通じて「いいまちづくり」を行っていくことが重要
  • 定期的に意見交換をする場を設け、丁寧に確認しながら認識の違いなどを払拭する
  • 民間団体側もいろいろな機会に顔を出し、情報収集や意見交換を行う
  • 口出しをしすぎない
  • 異動により引継ぎを行う際は、業務内容だけでなく、大切にしている姿勢なども共有する
  • 民間団体との連携が難しい地域においては、現在、実施している「こころの相談」のうち、月1回を「自死遺族等支援相談」にしたり、電話ではなくメール相談を活用したりする


研修の最後、閉会の挨拶で、JSCPセンター長補佐の森口和が「今回の手引は、現時点の到達点であるとは考えているが、この手引が一つの参照となり今後も新たな取り組みが出てくると思うので、その内容を次の手引に盛り込んでいくといったような良いサイクルを作っていきたい」と今後についての意欲を述べました。

※「自死遺族等を支えるために 総合的支援の手引(改訂版)」は、こちらからダウンロードが可能です。