職員紹介
職員インタビュー 調査研究推進部長・西尾 隆:内外の調査研究ニーズに応え、「現場」と「研究」と「政策」の連動を図る
2024年11月 1日
〈プロフィール〉西尾 隆(にしお・たかし)
広島県出身。1986年国際基督教大学(ICU)大学院修了(学術博士)。以後ICUで行政学・地方自治論などを教え、2023年退職。この間、プリンストン大、ロンドン大客員研究員、参議院客員調査員、放送大客員教授などを兼任。研究テーマは行政・官僚制の歴史、公務員制度、地方分権、まちづくりなど。著書に『公務員制』『日本森林行政史の研究』、編著に『現代の行政と公共政策』ほか。2022年6月にJSCPに入職し、調査研究推進部長(非常勤)に。座右の銘は、「平凡な道を非凡に歩む」。
――調査研究推進部の概要と役割を教えてください。
西尾)JSCPは、2019年の法律(*1)に基づいて厚生労働大臣から指定された「調査研究等法人」です。そういう意味で調査研究はJSCP全体のミッションであり、公的な責任を負っていると言えます。そのなかで、調査研究推進部では、自ら行う調査研究だけでなく、自殺総合対策部や地域連携推進部、広報室など他部署が行っている自殺対策の実践や普及活動に必要なデータを分析・加工し、整理して提供するという役割も担っています。
部のミッションとは、学際的で科学的根拠をもつ自殺研究の牽引役となり、自殺対策の「現場」と「研究」と「政策」の連動性を高める調査研究体制を確立し、JSCP内外の研究活動を推進すること。そのため、外部の研究者や団体への資金助成による「革新的自殺研究推進プログラム」の運営や、自殺に関する専門ジャーナル『自殺総合政策研究』の発行によって、国内外の研究ネットワークづくりにも取り組んでいます。大事にしているのは内外の調査研究「ニーズ」への対応。公共性の高い機関として、例えば地域連携で見えてきた現場からのニーズに、知識の面でどう応えていくかということです。
自殺対策は政策としてはまだ新しい分野。そういうなかで例えば革新的自殺研究推進プログラムからは、データをどう集め、どう組み合わせていくかなど、ビッグデータ活用の面で期待できる研究成果が出つつあります。JSCPの根拠法の提案理由では、医療や保健だけでなく、福祉・教育・労働など広く社会に関する研究も活用して、総合的に政策づくりに役立てることが謳われていました。それまでの自殺の研究は精神医療などが中心でしたが、JSCPでは社会科学系も取り入れています。現在、データ分析、心理学、社会学、教育学などさまざま専門的な背景を持つ研究員が連携しながら、研究を進めています。
私の専門である行政学からいうと、どんな公的組織も権力の源泉となる柱は政治的支持と専門能力。調査研究はまさに専門能力そのものであり、成果の質はJSCPの存在意義と評価にかかわります。そういう意味で責任は重大です。
――調査研究推進部の特徴は。
西尾)JSCPは基礎研究を行う純粋な調査研究機関というより、政策形成や現場に役立つ知識を意識した調査研究を担っている組織と言えます。例えばコロナ禍で、女性やこどもの自殺が増えた要因の分析は、女性やこどもにどのような支援が必要かという政策的な思考と不可分です。こどもが学校に行けない時期があったり、居場所がなくなったり、女性の雇用には不安定な飲食業や非正規が多かったなど、政策立案を念頭に置いた、あるいは現場での実践を意識した調査研究が求められます。
何より特徴的なのは、多様なデータを扱っていること。セキュリティ対策は必須ですが、警察や消防、人口動態調査などの統計データや、NHKの「自殺と向き合う」プロジェクト、相談データ、公的な報告書等のテキストなど膨大なデータを扱います。これらを組み合わせることで、自殺に関して国内のどの組織よりも詳細な分析ができる潜在力があります。こうしたデータをもとに著名人が自殺で亡くなった後の「ウェルテル効果」(自殺報道後に自殺者数が増える現象)を検証し、自殺対策白書にも掲載されました。メディアが報道のあり方を再考することにつながったのではないでしょうか。研究としても興味深いですが、実践的な意味も大きいと思います。
――行政学者である西尾さんがなぜ自殺対策にかかわるようになったのですか?
西尾)きっかけは清水康之さんとの偶然の出会い。私はICUで教育研究に携わってきましたが、清水さんもICUの卒業生。とはいえ直接教えたわけではなく、2010年に活躍中の卒業生を表彰する同窓会のイベントで出会いました。彼がNPO法人ライフリンクを立ち上げ、自殺対策に取り組んでいるのは知っていたので声をかけ、それから授業のゲストとして来てもらったり、学生インターンを受け入れてもらったりするようになったのです。
私自身は直接、自殺対策を研究してきたわけではありませんが、公共政策という面から、自殺対策に関心を持っていました。日本は課題先進国といわれるくらい課題だらけで、この数十年さまざまな政策が行われてきましたが、自殺対策ほど数字の上で変化をもたらした可能性があるものは少ない。長らく3万人を超えていた年間自殺者数が2万人を下回るかもしれないところまで来ています。因果関係を証明するのは難しいですが、どのプログラムがどう影響したのかの検証は強く興味を惹かれるテーマです。
また、国・地方関係の変容、増加する自治体計画と地方分権などの文脈でも注目してきました。分権改革との関係では、自殺対策基本法の改正で自治体に計画策定を義務付ける際、全国市長会などが分権に逆行すると反対しましたが、自殺対策は地域の「シビルミニマム」というより、「ナショナルミニマム(*)」であり、どこの自治体に住んでいても、自殺対策の恩恵には浴するべきだとの説明がなされました。そういうロジックでJSCPも動いています。
――自殺対策で今後実現していきたいことはありますか?
西尾)JSCPには統計データをはじめ調査研究に活かせる多様なリソースがあります。なかでも日本各地の現場で蓄積されてきた経験は知恵の宝庫です。この膨大な暗黙知をもっと言語化し、研究と現場と政策の連動を図っていきたい。現場には自殺対策以外にもさまざまな相談業務、孤独や貧困など生きづらさを感じている人との日常的な接点があります。こうした現場のリアリティに触れることで、研究者の「ウォント」も刺激を受け、自然発生的な化学反応が起きるだろうと思います。
*1 「自殺対策の総合的かつ効果的な実施に資するための調査研究及びその成果の活用等の推進に関する法律」(令和元年法律第32号)
*2 ナショナルミニマム…国が国民に最低限保障すべき行政(生活)水準のこと。シビルミニマムは、地方自治体が住民に保障すべき水準のことを指す
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