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【記事公開】こどもの自殺対策─「学校医」をハブに教育と医療がつながる「東村山モデル」の挑戦
「Yahoo!ニュース エキスパート」で2026年3月24日に公開した記事を転載しています。
小保内俊雅医師の資料を基に、JSCPが作成(生成AIを使用)
児童生徒の自殺者数が過去最多となる中、2025年6月に自殺対策基本法が改正され、こどもの自殺の防止等に取り組む「学校の責務」が明記されました。文部科学省も2026年度、学校と医療の連携に関するガイドラインを作成する方針を示しています。
こどもたちが抱える困難の多様化により学校だけでの対応は難しさを増し、外部機関とのさらなる連携が必要となっています。 東村山市(東京都)では一足早く2021年に、学校医をハブとして学校と地域の中核病院がつながり、リスクの高いこどもを地域で支える仕組みをスタートしました。
教育と医療の連携は、個人情報保護などの観点から現場が慎重にならざるを得ない課題があり、あまり進んできませんでした。東村山市では、いかにしてその課題を乗り越え、現場で実践できる連携モデルをつくったのでしょうか。そして、「連携」はどのような効果をもたらしているのでしょうか。
【記事のポイント】
・ 東村山市が構築した、学校と医療をつなぐ「いのちを守る連携モデル」
・ 個人情報の課題をいかに乗り越えたのか
・ 「学校医」をハブとすることで、迅速でスムーズな連携が可能に
・ 教員の負担を軽減した「役割分担」の効果とは
・ 持続させるために必要な、3つの課題
・ 地域での広がりと、予防に向けた連携の進化
東村山モデルはどう始まったか
教育長と中核病院医師が「いのちの課題」で意見一致
東村山市が連携するのは、市内にある東京都立多摩北部医療センターです。同センターは北多摩北部保健医療圏(小平市、東村山市、清瀬市、東久留米市、西東京市の5市で構成 )の二次救急や小児医療などを担っています。
東村山市教育委員会は2021年7月、「教育医療連携協議会」を設置しました。メンバー構成は、多摩北部医療センター、学校医を推薦する東村山市医師会、小中学校校長会、養護教諭、スクールソーシャルワーカーの各代表、市教育委員会事務局などです。自分や他人を傷つけるリスクが高い、希死念慮が強いなどハイリスクの児童生徒に速やかに対応し、未然に防ぐ体制を整えることが目的です。
「教育医療連携協議会」設置の背景には、村木尚生教育長、多摩北部医療センターの小保内俊雅小児科部長が、「こどものいのちの課題」に対して危機感を共有していたことがあります。
全国的に児童生徒の過量服薬やリストカットなどによる救急搬送が増加傾向にある中、東村山市も例外ではありませんでした。村木教育長は、以前に他の自治体で、重篤な食物アレルギー対応の「ホットライン」(事案発生時に、専門医とすぐに連絡が取れる仕組み)を構築した経験がありました。その経験から、「いのちのホットラインが不可欠」という強い思いを持っていました。
一方、睡眠や発達障害を専門とする小保内医師は、地域中核病院の医師として「不登校や発達障害、自殺などの社会課題は学校だけでは解決できず、教育と医療の連携が不可欠」「医療は『チーム学校』にもっと関わるべき」と考えてきたのです。その実現のため、長年にわたり連携モデルを模索し、構想を温めていました。
この二人が接点を持ち思いを共有したことで、協議会の設置に向け一気に動き出しました。
東村山市の村木尚生教育長(左)と、多摩北部医療センターの小保内俊雅小児科部長(右)
「教育医療連携」はなぜ必要なのか?
2025年6月の自殺対策基本法改正で、「自殺防止に努める」という学校の責務が明記されました。文部科学省も2026年度、学校と医療機関の連携を進めるためのガイドラインを作成する方針を示しています。
制度面でも連携が求められる流れがはっきりしてきた一方、現場では「何をどうすればよいのか」と戸惑う声も少なくありません。専門外の対応を任されることへの不安や、負担増への懸念が背景にあります。こうした中で、連携が支援の質を高めることに加え、学校の負担を軽減する仕組みになり得るかが、教育医療連携を持続的に広げる上での鍵となっています。
東村山での連携開始前、教育と医療の現場は、リスクの高いこどもの支援でどのような課題を抱えていたのでしょうか。
学校現場の課題
東村山市の教育現場では、次のような課題がありました。
- 心療内科や精神科の受診が必要でも、予約が埋まっていて受診まで時間がかかる
- 保護者に受診の必要性を伝えても、理解が得られにくい
- 教員が専門外の対応に苦慮する
医療現場の課題
一方、小保内医師も、以下の点を課題と感じていました。
- 月1回程度の診察だけではこどもの全体像を把握できない
- 学校での素の様子や集団での振る舞いなど、学校現場からの情報が得られない
「リスクの度合いを正確に察知し適切な診断をするには、医療と教育の両方からの情報が不可欠です」と小保内医師は話します。
連携の流れ
1.学校→学校医
学校が、リスクを抱える児童生徒の保護者に対し、学校医への相談を勧める
2.学校医→医療機関
学校医が専門医療の受診について「必要」と判断した場合、多摩北部医療センターへの診療情報提供書(紹介状)を作成して保護者に渡す
紹介状があることで、大病院を紹介状なしで受診する際にかかる選定療養費(約7,000円)の負担が発生しません。これにより、経済的な事情を抱える家庭に対し、受診のハードルを下げることが可能になります。
3.医療機関→学校
保護者の了承を得て、学校医を介し、学校に診察結果に基づく対応の留意点などをフィードバックする
学校と医療機関の連携は、双方が必要性を感じていたとしても、個人情報保護の観点から現場が二の足を踏みがちな状況がありました。そこで東村山モデルでは、既存の「学校保健安全法」を根拠に据えることで、適正かつスムーズな情報共有の仕組みを整えました。
学校保健安全法は、学校での児童生徒の健康・安全を守るための法律で、「学校医」の役割が規定されています。同法には、学校が地域の医療機関と連携するよう努めることや、学校医が専門家の立場から学校に指導を行うことなどが定められています。「これらを根拠に、学校医を実務上のハブとして介在させることで、診断に必要な情報の共有と、その結果に基づく学校への助言・指導が可能になります」(小保内医師)。
東村山市の教育医療連携の仕組み=小保内俊雅医師の資料を基に、JSCPが作成(生成AIを使用)
福祉を含めた連携へ
こどもが危機的な状況に陥る背景には、経済的な事情や家族の健康問題など複雑な家庭環境がある事案も少なくありません。東村山市の教育医療連携では、実際の対応を重ねる中で必要性が強く認識されるようになり、福祉との連携が徐々に形作られていきました。
MSWを起点に、子ども家庭支援センターと連携
福祉との連携が必要な場合には、市の子ども家庭支援センターが調整機関である「要保護児童対策地域協議会」の枠組み(児童福祉法に基づく)も活用されています。病院が診療を通して福祉的な支援が必要と判断した場合、まずは病院の医療ソーシャルワーカー(MSW)が市の子ども家庭支援センターに連絡し、連携支援の必要性を伝えます。子ども家庭支援センターが「必要」と判断すれば、同センターが中心となり、地域の関係機関や関係者などを集めて対応を協議します。
要保護児童対策地域協議会での情報共有には法的な守秘義務が適用されるため、関係機関は安心して情報を共有できます。教育・医療・福祉の連携が目指すのは、退院後も地域でこどもを見守り続けることができる体制づくりです。
〈※注〉2025年6月の自殺対策基本法の改正で、地方自治体は2026年4月から、リスクの高い事案に対応するため関係機関で構成する「協議会」を設置できることになります(自殺対策基本法第4章)。協議会での情報共有には、守秘義務が適用されます。
連携がもたらした効果
市教育委員会によると、市内の小中学校でこの「教育医療連携」の仕組みを利用したのは、事業を開始した2021年7月から2022年度までは10件未満でしたが、事業の定着とともに増え続けています。
例えば、生徒が学業の悩みから精神的に不安定になったケースでは、その様子に教員が気づいて医療につながり、診察の結果、発達面の特性が背景にあることが分かりました。医師から学校に配慮点が共有され、授業参加の方法を調整したところ、落ち着いて学校生活を送れるようになりました。(※個人が特定されないよう、事例を加工しています)
こうした支援が可能になったことで、学校現場では次のような変化が生まれています。
1.教員の心理的負担の軽減
医療専門家が保護者と直接やり取りすることで、保護者の理解が得られやすくなると同時に、教員が専門外の対応を迫られる重圧が軽減しました。
2.専門家からの助言で校内会議の質向上
医師からの的確な助言で、校内でのケース会議の論点が明確になり、より効果的な支援策が検討できるようになりました。その結果、教員は安心してこどもと向き合えるようになりました。
3.重篤化防止につながる可能性
小中学校の校長会では、本事業に対し肯定的な声が多数寄せられているといいます。「この事業により多くのいのちが救われている可能性があります」(村木教育長)。
持続可能な仕組みに向けた3つの課題
東村山市の教育医療連携は、スタートから4年が経ち、次の段階へ進みつつあります。
教育委員会と多摩北部医療センターでは、仕組みとして根づかせるため、3つの課題を見据えて改善に着手し始めています。
【1】すべての教職員が「連携の意義」を理解できる研修体制を
村木教育長によると、現在は校長や養護教諭、クラス担任など連携に直接かかわる教員を中心に研修を実施しています。ただ、非常勤教員や小学校の専門科目担当などにはまだ行き届いていません。今後は、医療の視点や教育医療連携のメリットを全教員が理解できるよう、研修対象の拡大が課題となっています。
【2】医療側にも「教育医療連携」を理解する学びの場を
小保内医師は、「医師にも、学校や地域との連携において必要な知識・対応を習得するための研修が必要」と指摘します。そのため今後は、市医師会の協力も得ながら、市内の学校医を対象とした周知・研修を進めていく必要があります。
【3】属人化を避け、仕組みとして運用できる体制づくりへ
ここまで、医療側の中心を担ってきたのは小保内医師です。教育医療連携は全国的にあまり前例が知られておらず、専門医の知識や経験に依存しがちな面がありました。
小保内医師は、こう語ります。「前例がほとんどない中で始めたため、立ち上げはどうしても属人的にならざるを得ない面がありました。今は『安定的な運用』の段階への移行期で、持続可能な仕組みにしていくために重要な時期だと考えています」
教育と医療、双方の主要担当者が異動したとしても、事業を継続できる体制づくりが求められています。
多摩北部地域への広がりと予防への進化
小保内医師によると、北多摩北部保健医療圏の他自治体でも東村山市と同様の取り組みの実施が検討されているといいます。こうした動きは多摩北部地域に限らず、他の地域にも広がる可能性があります。それは東村山モデルが、全国共通の「学校医」制度と既存の学校保健安全法に基づくものであるためです。
このような連携が東村山市で実現した背景には、顔の見える距離に中核病院があり、長年にわたり市と病院が信頼関係を積み重ねてきたという“土壌”がありました。医師が学校の状況を理解し、学校側も医療の知見を必要としていたため、双方が「連携した方がこどもを守れる」という共通の認識を持つことができました。
加えて、市教育委員会と小保内医師が学校医を推薦する市医師会と協議を重ね、理解と協力を得られたことが大きな力となりました。学校医を担う地域の開業医が、学校を含む地域への理解を深めることで、地域でこどもを支えるネットワークの広がりと深化が期待されます。
また、東村山市の連携は、「緊急時」だけでなく「平時=予防」にも広がりつつあります。不規則な生活リズムが心身に悪影響を及ぼすという医療的視点を学校現場に届けるため、一部の中学校や養護教諭を対象に多摩北部医療センターの医師による授業・研修も行われています。
学校だけで抱え込まず、医療や福祉とチームを組んで共に支えること。「東村山モデル」の実践は、教育現場が抱える過度な負担を地域で分かち合い、こどもたちのいのちと未来を守るための“地域システムづくり”として、他自治体の参考となるでしょう。
(文・山寺香)
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