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非行を有するハイリスクな青少年の自殺・自傷行為の理解・予防・対応策に関する包括的な検討 ──令和7年度自殺対策推進レアール〈研究成果報告〉⑥

3つの研究を実施

「自殺対策に関する革新的研究推進プログラム(*)」の各委託研究課題の成果(令和7年度自殺対策推進レアールで報告)を紹介する連載の6回目は、領域2(自殺ハイリスク群の実態分析とアプローチ)の「非行を有するハイリスクな青少年の自殺・自傷行為の理解・予防・対応策に関する包括的な検討」です(R4-2-2)。本研究では、自傷・自殺のリスクが高いと考えられる非行少年(少年法上の「女子」を含む)の実態を把握するとともに、一般市民が自傷行為をどのように認識しているかを調査しました。さらに、その結果を踏まえ、自傷行為についての理解を深めるための啓発・心理教育用パンフレットを作成しました(研究代表者/高橋哲・お茶の水女子大学基幹研究院人間科学系教授)。
リストカットなどの自傷行為は、青少年に比較的広く見られる現象です。その中には、死を意図せず、感情調整やストレス対処の手段として用いられるものもあり、自殺とは区別して考えることが臨床上有用な場合もあります。しかし、長期の追跡研究からは、自傷行為の経験が、その後の自殺関連行動のリスクと強く関連することも明らかになっています。そのため、自殺予防の観点からも,自傷行為の特徴や、本人にとってどのような意味や機能を持つのかを理解することが重要です。

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研究代表者の高橋哲・お茶の水女子大学基幹研究院人間科学系教授

研究代表者の高橋さんは、20年にわたり法務省の心理技官として主に少年鑑別所で非行少年の心理アセスメントに携わってきた経験から、非行と自傷行為・自殺の関連に関心を寄せてきました。非行少年は一般的に、反社会的で他人を傷つけるイメージを持たれがちですが、海外の先行研究では、彼らが自殺や自傷のハイリスク集団であることが指摘されています。こうした青少年には、小児期の逆境体験が多く、メンタルヘルス上の問題を抱えている場合も少なくありません。一方で、司法領域では、自殺や自傷が安全管理上の問題としてのみ捉えられることも多く、行動科学の視点からその実態や背景を検討する研究は十分とはいえませんでした。
このため本研究では、支援の場に自発的にはつながりにくいハイリスクな青少年について、自殺や自傷行為と関連する実態を明らかにするとともに、その理解や支援に役立つ知見を得ることを目的として、以下の3つの研究を2022~2024年度の3か年にわたり実施しました。

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図1 研究の年次計画(レアール当日発表資料より)

① 4か所の少年鑑別所の入所者398人を対象に、自殺念慮や自殺企図、非自殺性自傷行為の経験などの自殺関連行動、援助要請に対する態度、小児期の逆境体験などに関する質問紙調査を実施

② 一般市民2000人を対象に、自傷と自殺に関する認識( 「俗説」や 「神話」とされる、一般に広く信じられているものの科学的根拠が十分ではない言説など)についてインターネット調査を実施

③ ①②の研究結果を踏まえたうえ、自傷行為に関する誤解や固定観念について考え、理解を深めるための心理教育用パンフレットを作成

自傷行為についてのさまざまな誤解

2025年(令和7年)の自殺対策推進レアールでは、高橋さんは③のパンフレット作成を中心に成果報告をしました。その前提となる②の一般市民調査については、「自殺や自傷に対する効果的な予防と介入を行う上では、専門家だけが何かをすればいいというわけではなく、広く一般の方々に理解を求めて、できる範囲で協力をいただき、支援につなげていくことが欠かせない」と説明。その一方で、自傷行為には、一般に広く信じられているものの、科学的知見とは必ずしも一致しない言説があります。こうした俗説や神話、誤解は、当事者の援助希求をためらわせたり、自傷行為をする人に対する否定的な見方やスティグマにつながったりする可能性があるため、一般市民が自傷行為をどのように捉えているのかを調査しました。
その結果、自傷行為に対して多くの人が誤解や俗説を信じていることが示されました。その中でも「自傷行為を行う人が身近にいたら適切に対応できる自信がある」と答えた人が、そうでない人に比べて、調査した自傷行為に関する俗説の多くを支持する割合が高いことが明らかになりました。対象となった俗説には、「自傷行為の大半はリストカットである」「自傷行為は精神疾患を患っている人の行為である」「自傷行為はまわりの注目を集めるために行われる」といったものが含まれます。
この結果から、自傷行為について「自分は理解している」「適切に対応できる」と考えている人ほど、必ずしも科学的知見に沿った理解をしているとは限らないことが示唆されました。そのため、善意からの支援や対応であっても、場合によっては本人の助けにならない可能性があります。また、対人援助職の経験が必ずしも誤解の払拭につながっているわけではないことも示唆されました。
この結果を踏まえ、高橋さんは「自傷行為に関する固定観念や過度の一般化を避け、正確な情報を提供するとともに、メンタルヘルスリテラシーを高めるための心の健康教育が必要であると考えて、3年目にパンフレットを作成することにした」といいます。
なお、非行少年を対象にした①の研究からは、▽女子の自傷行為や自殺企図の体験率が非常に高い▽自傷行為の経験者の多くが複数の方法による自傷行為を経験していた▽自傷行為には多様な機能がある▽自傷行為が習慣化している者ほど有用性を見出し、自殺リスクも高くなる▽小児期の逆境的な体験が自殺関連行動と関連していた▽自傷行為の頻度よりも、経験した方法の多様性の方が自殺リスクと関連が強かった──ことなどが明らかになっています。

10の誤解を通して自傷行為を考える

これらの研究結果を踏まえて作成されたパンフレットは、A5判20ページで、医療・教育関係者や保護者など、自傷行為を行う当事者の周囲の人々に自傷行為について考えてもらうための内容になっています。タイトルは「自分を傷つけるのはなぜ――自傷行為をめぐる10の誤解」。タイトルにあるように、自傷行為に関するよくある10の誤解を取り上げて、その説明をし、エビデンスも掲載しています。ただし、このパンフレットの目的は、単に「誤解を正す」ことではありません。冒頭には「誤解をめぐって読者の皆さんの間で対話が生じ、自傷行為を行う人々の体験に少しでも心を寄せていただくきっかけとなることを願っています」と記されています。

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冊子「自分を傷つけるのはなぜ――自傷行為をめぐる10 の誤解」の表紙

この点について高橋さんは、「冊子を配ったときに、上から目線で 『これが正しい』と言われても、なかなか人は納得しませんし、かえって反発を招くこともある。また、エビデンスと言っても、今後の研究により覆る可能性があり、あくまで現時点で得られている知見。何より、人間の行動は複雑なので、一様に説明できないこともある。この冊子をもとに、『実際にはどうなのだろう』と対話していただけるものになればと考えて作成した」と説明。そのため、パンフレットでは平易な表現を心がけるとともに、断定的な表現をできるだけ避けています。また、2年目に実施した一般市民意識調査の結果や、相談先の情報も掲載しています。
パンフレットで取り上げられた自傷行為をめぐる10の誤解は次のようなものでした。

①自傷行為=リストカットなの?

②自傷行為をする人はめったにいないでしょ?

③自傷行為は女子がするもの?

④自傷行為は10代だけにみられるもの?

⑤自傷行為は注目を集めるためのもの?

⑥自傷行為は死ぬために行うの?

⑦痛いのになぜ自傷行為をするの?

⑧自傷行為をやめられないのは意思が弱いから?

⑨非行をする子は自傷行為なんてしないでしょ?

⑩自傷行為をする人を見たらそっとしておくしかない?

これらについて高橋さんは、例えば「①自傷行為=リストカットなの?」では、▽自傷行為というとリストカットを思い浮かべる人が多いこと▽一般市民を対象とした調査でも約半数の人が「自傷行為の大半はリストカット」と認識していたことを紹介しました。その一方で、▽研究では自傷行為にはさまざまな方法が含まれていることが示されている▽治療妨害なども含まれ、身体の部位もさまざま▽性別によって選ばれる方法に違いがあるとの研究もある▽今回の非行少年を対象に行った調査では、自傷行為の回数や頻度よりも経験した 「方法の広がり」が自殺の危険性と関連していた▽自傷行為を 「リストカットのみ」と限定して捉えていると、他の自傷行為が見落とされる危険性もある――と冊子の内容を踏まえて説明。さらに、 「例えば非行少年の『根性焼き』は、仲間との絆や度胸試しと捉えられることが多いが、そうした側面もありつつ、自傷行為としての側面を持つ場合がある。また、男の子が壁を殴ったりするのも攻撃性や怒りの問題として捉えられがちだが、自分自身を傷つける行為として行われている場合もある。自傷行為=リストカットと捉えてしまうと、見逃してしまうものがあると考えていただければと思う」と述べていました。
また、 「②自傷行為をする人はめったにいないでしょ?」については、▽自傷行為の生涯体験率は、最新の欧米の研究では5~6人につき1人という報告もある▽日本の研究でも「切る」自傷が6.8%という経験率が報告されており、さらに教師を対象とした研究では8~9割が生徒の自傷行為に遭遇した経験があるとする報告もある▽必ずしも稀な現象ではないが、今回の一般市民調査では、『めったに見られない現象』と回答した人が約24%に上った――と紹介したうえで、「また、必ずしも精神疾患を有している人だけが自傷行為をするわけではないということも重要な点。自傷行為は誰にでも起こり得るものという認識が広がれば、当事者が援助を求めたり、周囲に話したりしやすい雰囲気が醸成されていくのではないか」と述べています。

自傷行為にはさまざまな機能がある

そのほかにも、 「④自傷行為は10代だけにみられるもの?」では、初めて自傷行為を経験する年齢は小中高生頃(12~14歳)という研究が多い一方、成人期(20~24歳)になってからも第二のピークがみられるという報告もあり、「思春期をすぎれば自然とおさまる」というものではないことを説明しています。
「⑤自傷行為は注目を集めるためのもの?」については、自傷行為にはさまざまな機能があることが、これまでの研究で明らかになっています。そのなかでも、つらい感情を和らげるための「感情機能」にかかわる機能が多く報告されています。高橋さんは 「『注意を引く』ということが自傷行為の機能の一つになることもあるが、だからといって放っておいてよいわけではない。なぜ自傷行為という方法を使って注意を引こうとしているのか、『注意を引いた』後に理解してもらいたいと思っていることは何か、という視点が大切」と指摘しました。

「決めつけず、本人と対話する」

報告後の質疑では、「自傷する人の多面的な心理状態はそうだと思うが、支援者のアセスメントや理解が難しくなるのでは。理解が進む示唆があれば教えてほしい」という質問がありました。これに対して、自傷行為をアセスメントする際にはいくつかの重要な視点があるとしたうえで、「自殺と自傷行為を区別して考えるとしても、自傷行為の経験がある人を長期的に追跡すると、その後の自殺リスクが高いことが知られている。そのため、まずは自殺予防の観点から、自殺念慮や企図の有無などを含めてリスクを把握することが重要」と説明しました。
一方で、自傷行為をする本人は「生き延びたい」という思いから行っている場合もあり、支援者の理解と本人の体験との間にずれが生じることもあります。そのため、「自傷行為にはさまざまな機能があり、複数の機能が同時に存在することもある。支援する側が一つの理由に決めつけるのではなく、本人との対話を通して、その人にとって自傷行為がどのような意味を持っているのかを考えていくことが大切」と回答しました。
また、一般市民調査で「自傷行為をする人への援助に自信を持っている人の方が、かえって自傷行為に関する俗説を支持しやすいというのはなぜか」という質問もありました。これに対して高橋さんは、「確たることは言えない」としたうえで、心理学で知られている「ダニング=クルーガー効果」に触れ、「ある程度の知識や経験を得た段階では、自分の理解に自信を持ちやすい一方、専門的な知識を深めるほど、自分の知識の限界や問題の複雑さに気づき、自信が慎重になることがある。この結果を見て、私自身も、自戒を込めて、安易に『分かっている』と思わないようにしたいと感じた」と話しました。
自傷行為は、外から見える行動だけでは、その人が抱えている思いや背景を十分に理解することが難しい現象です。本研究で作成したパンフレットが、自傷行為を一面的に捉えるのではなく、「なぜこの人は自分を傷つけているのだろう」と本人の体験に目を向け、対話するためのきっかけとなることが期待されます。

■本研究の最終報告書はこちらからご覧ください

■冊子「自分を傷つけるのはなぜ――自傷行為をめぐる10の誤解」はこちらの高橋研究室のウェブサイトからダウンロードできます

■本研究助成を受けて刊行した査読付学術論文は、以下のとおりです。いずれの論文もオープンアクセスとして公開されています

・高橋哲・今原かすみ・明星佳世子・安田美智子・宮本悠起子(in press). 非行少年における非自殺性自傷行為の方法の多様性と自殺企図との関連の検討. 犯罪心理学研究

・高橋哲 (2025)矯正施設の被収容者における自殺・自傷研究の展望. 犯罪心理学研究, 62(S), 155-167.

・高橋哲・岡本みどり(2025)対人援助職は自傷行為をどのように捉えているか. 自殺総合政策研究, 5(1), 1-12.

・Takahashi, M., Imahara, K., Myojo, K., Yasuda, M., & Miyamoto, Y. (2025). Cumulative and Item-Level Adverse Childhood Experiences in Relation to Suicidal Ideation and Attempts among Incarcerated Japanese Youth. Child Protection and Practice, 100275.

・Takahashi, M., Imahara, K., Miyamoto, Y., Myojo, K., Yasuda, M., & Kadomodo, I. (2024). Public attitudes and knowledge about self‐injury: A cross‐sectional web‐based survey of Japanese adults. Psychiatry and Clinical Neurosciences Reports, 3(4), e70033.

・Takahashi, M., Imahara, K., Miyamoto, Y., Myojo, K., & Yasuda, M. (2024). Association between the Big Five personality traits and suicide‐related behaviors in Japanese institutionalized youths. Psychiatry and Clinical Neurosciences Reports, 3(1), e186.

*2026年度より本プログラムの名称を「革新的自殺研究推進プログラム」から変更いたしました。