啓発・提言等
【開催レポート】 「自殺の表現」に関する映像・舞台関係者向け勉強会 ≪後編≫~自殺や自傷に関連する企画・制作・表現を行う際に知っておきたいこと~
勉強会の後半では、実際に自殺・自傷を描いたドラマ制作に携わってきた2人のゲストを迎え(*)、具体的な事例を紹介していただきながら、議論を深めました。
【後編】NHKプロデューサー/ディレクターが登壇 「ドラマで『自殺』をどう描いたか」
勉強会の後半では、実際に自殺・自傷を描いたドラマ制作に携わってきた2人のゲストを迎え(*)、具体的な事例を紹介していただきながら、議論を深めました。
* 自殺に関する報道や情報は、それがセンセーショナルに伝えられることによって、模倣自殺を誘発し自殺者数の増加につながってしまうことがあります。こうした現象は「ウェルテル効果」と呼ばれ、1974年以降に世界各地の多くの研究で実証されています。一方、自殺を考えるほど追い詰められた人が死なずに生きる道を選んだ体験談などを伝えることが自殺を抑止する現象は「パパゲーノ効果」と呼ばれ、2010年に提唱されて以降注目されています。
【事例紹介①】連続ドラマ『空白を満たしなさい』(2022年)
「自殺をタブー視せず、ドラマで描く」ための工夫
NHKメディア総局チーフ・プロデューサー 勝田夏子さん
かつた・なつこ
1992年 NHK入局。96年以降、数々のドラマ番組を手がける。主な演出作品に「下流の宴」、プロデュース作品に大河ドラマ「軍師官兵衛」、連続テレビ小説「半分、青い。」、「ストレンジャー 〜上海の芥川龍之介〜」 、「今ここにある危機とぼくの好感度について」、「空白を満たしなさい」、「仮想儀礼」など。
「ドラマというのはジャーナリスティックなテーマをエンタテインメントでより多くの方に伝えることができるジャンルだと思う」というNHKメディア総局チーフ・プロデューサーの勝田夏子さんに、ドラマ『空白を満たしなさい』(原作・平野啓一郎、出演・柄本佑×鈴木杏×阿部サダヲ他)を企画・映像化したプロセスについて、JSCPの清水も交えて質疑応答の形で話していただきました。
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企画を実現するためのハードル
――「自殺」がテーマの原作をドラマ化するにあたり、公共放送であるNHKでドラマ化するには難しい面もあったのではないか? どのように企画を実現したのか?
勝田 難しい要素は2つあった。1つは「ちゃんとエンタテインメント性のあるドラマにすることができるか」を企画段階で問われた。この点は、平野啓一郎さんが原作でサスペンスの要素を大変うまく書かれていたことを強調した。
もう一つは、2020年ごろ著名人の自殺が続いたときに、メディアの自殺報道がネガティブな影響を及ぼすことが、マスコミの間でも浸透し始めたため、「自殺」というテーマをドラマで描くことへの懸念も示された。しかし、逆にタブー視するべきではないと考えた。日本で年間2万人以上が亡くなっていること自体が異常な事態であり、なぜそのような状況になっているのかを公共放送として描く価値があると訴えた。最終的には、自殺対策の専門家からきちんと助言を仰ぎ、WHOのガイドラインも参照しながら制作することを条件に企画が認められた。
――ドラマの中で、登場人物が高いところから飛び降りて自殺を図るシーンが描かれていた。具体的に、どのように演出を決めていったのか?
勝田 脚本の段階、カット割りの段階、ロケーションを決定するときなど、要所で清水さんに助言を仰いだ。また、具体的な演出として
◇登場人物が飛び降りるシーンのリハーサル映像を撮影し、「海が見える柵を乗り越える」などの具体的な手段やロケーションを見せないよう、入念なカメラテストとカット割りを行った。
◇柵を乗り越える手前の足元までは見せたが、「踏み切る」という動作や、「柵を乗り越える」といったアクションは見せなかった。
◇主人公が直前までいた花壇に「花壇の花を踏み散らす」「花びらが散る」という演出で飛び降りたことを表現した。また、目撃者のリアクションでも示唆した。その際にも「キャー」といった悲鳴の音声はつけず無音とし、表情はスローで見せるなどして、センセーショナルな表現を避けた。
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自死遺族等への配慮
――ドラマの中では自死遺族等の心情も大変丁寧に描かれていた。毎年2万人もが亡くなり、影響を受ける残された方は10万人を超えるともいわれる。自死遺族等がドラマを視聴する可能性を踏まえて、何か配慮したことはあるか?
勝田 原作の小説でも「自死遺族の方々への偏見」が、つまびらかに描かれている。その心情に分け入っていくので、清水さんに自死遺族の方の手記を教えてもらって読み、NHKの福祉番組などで、ご遺族の取材映像をたくさん見るなどして準備した。
また、原作には死の具体的な状況を描写したセリフがある。初期の脚本にはこれらのセリフが入っていたが、テレビの音声が意図せずご遺族の耳に入る可能性にも配慮が必要だと考えて、亡くなる瞬間のことを具体的に想像させることのないセリフを選択した。また、露悪的に自死遺族を責めるようなことを言うキャラクターについては、そのセリフの矛先が自死遺族の方々に向かうのではなく、人を自殺へと追い込むような規範を持っている「世の中」に向かうように脚本を変更した。
清水 私自身も過去に300人を超える自死遺族等の方々に話を伺ってきた経験がある。映像の中で差別や偏見を正確に描くが故に、物語を自分自身と重ね合わせてしまう自死遺族等もいると思う。また、映像がきっかけでフラッシュバックが起こる可能性もある。このドラマでは自死遺族等の方に配慮し、趣旨を変えずに表現を適切にしていただいたと理解している。
【事例紹介②】特集ドラマ『ももさんと7人のパパゲーノ』(2022年)
「死にたい」と口にしてもいい、安全な空気を世の中につくりたい
NHK大阪放送局ディレクター 後藤怜亜さん
ごとう・れあ
2010年 NHK入局。2016年より主に福祉番組の制作、希死念慮のある方々との取材を継続的に行う。制作番組に「#8月31日の夜に。」、「わたしはパパゲーノ―死にたい、でも、生きてる人の物語-」、特集ドラマ「ももさんと7人のパパゲーノ」、ろう者と聴者のキャスト・スタッフの協働制作による「手話劇!夏の夜の夢」など。
2人目の登壇者はNHK大阪放送局ディレクターの後藤怜亜さん。後藤さんは、福祉番組で「死にたい」「生きるのがつらい」という気持ちを抱える方々との取材を長く続けてきました。その中で「死にたい」という気持ちは消えなくても、変化し成長していく姿を目の当たりにしてきたといいます。
一方、コロナ禍では、メディアの自殺報道によるネガティブな影響が指摘されました。そのときに清水から聞いた「生きてゆくロールモデルとなるような報道やコンテンツが圧倒的に足りない」という言葉をきっかけに、後藤さんは「死にたい気持ちを抱いた経験・背景がありながらも死ぬ以外の選択をしている人たちの人生の物語をカラフルなバリエーションで示したい」と考えるようになったそうです。そして、2021年に福祉番組でインタビュー番組『わたしはパパゲーノ』のプロジェクトを立ち上げ、2022年には当事者のエピソードを元にした特集ドラマ『ももさんと7人のパパゲーノ』の制作へとつながります。「死にたいと口にしてもいい、安全な空気を社会の中につくっていくことを大きな目的にした」というこのプロジェクトの過程や演出意図について、後藤さんは次のように説明しました。
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当事者のリアルに基づいて描く
ドラマに取り組むにあたって、希死念慮(死にたいと思う気持ちのこと)の背景の正しい理解の一助になればと考え、「とにかく事実に基づいて描く」ことを意識した。WHOガイドラインを参照することでネガティブな影響を与えうる表現を抑えるとともに、登場人物たちのバックグラウンドや属性を記号化せずに新しい表現を生み出せる機会ととらえ、制作にあたった。そのうえで以下のような点を工夫して演出している。
[演出上の工夫]
◇主人公ももさんが自傷行為としてレッグカットをする表現では、カッターナイフや血の描写をおどろおどろしく見せることはなかった。
◇オーバードーズを描くシーンでは、飲み会の後に美顔ローラーを使いながらベッドの上にいて、次のカットでは病院に搬送されているという編集にした。「つらい出来事や感情の記憶を切り離すためにやむにやまれず自傷行為を行っている(精神科医・松本俊彦氏の言葉)」という当事者心理をきちんと伝えたかった。取材を通して出会った実例に基づいて描くことで、自傷行為や自殺未遂を単に“悪しきもの”として描いたり、自傷行為をする人が“特別”な人であるかのように見せない演出を意図した。
◇セクシャルハラスメント被害にあったキャラクターの衣装選びでは、“狙われそうな隙がある”服装、“新人社会人女性らしい”服装といったステレオタイプにならないように慎重を期した。被害者に対するバイアスやセカンドレイプになりうるような表現を排除することを意図した。
◇美術・小道具でも色使いの表現で「男らしさ・女らしさ」の刷り込みが起こらないよう注意し、銭湯での掃除シーンでは染谷将太さんが「ピンク」、伊藤沙莉さんが「ブルー」のバススリッパを履くなど、あくまで登場人物に合わせた選択をした。
◇路上生活者を描く際は、「服が汚れている」「髪がぼさぼさ」といった記号的な表現が世の中に多いが、事実に反している。過去の取材経験では、ネットカフェなどでシャワーを浴びたり、衣類配布で気に入る服を見つけ季節ごとに大切に身に着けるような生活をしている人もいる。その事実に基づいてキャラクターを描いた。
「死にたい」という気持ちを持っている人たちの背景には、ジェンダーやセクシュアリティや経済的な困窮等、様々なファクターと生きづらさがある。マイノリティと呼ばれる属性にある方々に対し、視聴者が正しい理解を持ってもらえるように描き、配慮することで番組として優しい、フレンドリーなものにしたいという思いがあった。当事者の方々が傷つくような表現を避け、リアリティをもって描くことで、「この人は私の隣にいる人かもしれない」「私の友人かもしれない」「私自身かもしれない」と思ってもらえるような番組をつくれる可能性がフィクションにはある。当事者の方々と長く付き合って関わっていくからこそ、できることもある。
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制作関係者への影響も配慮
この後、清水も交えて意見交換を行いました。
――WHOガイドラインには「自殺の描写が舞台や映画制作に関わるものに与える影響を考慮すること」と示されている。「死にたい」という役柄を演じてもらうにあたり、キャストやスタッフとはどのような意識合わせを行ったか?
後藤 俳優さんたちとは、一人ずつ個別に打ち合わせを実施した。キャラクターづくりに影響を与えた実在の人たちの背景について、私自身が取材を通じて知ったことを共有した。当事者の思いを伝えることで、演者の方々が記号的でなく具体的なイメージを持って役を立ち上げてくれた。
また、撮影前にほぼ全員が集まって本読みを行った際に、精神科医からアドバイスとメッセージをもらい、「こういった作品をつくることは、みなさんの中で自覚している・していないにかかわらず、何か気持ちがざわついたり、登場人物との気持ちの親和性が沸き立ってくる可能性がある」という話をした。また、福祉番組のプロデューサーを窓口として、何か些細なことでも気になることがあれば相談できるようにケアの体制を示した。
清水 経験的に「死にたい」という気持ちを抱えている人は、自殺に関する情報を食い入るように見ている人も多い。そういった人が現実に触れる情報は亡くなった方の情報になりがち。その中で、「死にたい」気持ちを抱えているけれども、死ぬ以外の選択をしている人、というロールモデルが増えていけば、情報に触れた人が、死ぬ以外の方法を選ぶことができるようになる。豊富な取材経験がある後藤さんには、生きづらさの背景も含めこんな生き方もある、ということをパッケージで示すような作品をつくっていただいた。
〈質疑応答〉
勉強会の最後には、勝田さん、後藤さんに、清水も加わり、参加者からの質問に答えながらディスカッションを実施した。
【質問①】表現の自由とWHOガイドラインとの兼ね合いをどのようにとらえているか?ガイドラインがあることで表現の自由が制限される恐れはないのか?
勝田 そもそも公共放送としてガイドラインを遵守するということが企画成立の前提になっていた。もしも意図せず放送を見た方が希死念慮に引っ張られていくということが起これば取り返しがつかない。そこまでして表現したいことは何かを考えなくてはいけない。映画のように自分の意思でお金を払って見に行く表現と違い、公共の電波を使った放送は、意図せずたまたま目に入ったり聞こえてしまうという可能性があることを意識しなくてはならない。
後藤 実は、「制限」と感じたことはあまりなかった。当然ある制約のなかで、どうやったらより多くの人に伝えられるか、(「死にたい」という気持ちを持った)親和性のある方に、より訴求力があるものをつくれるかという発想で考えていた。
【質問②】映像のごく一部や部分だけが切り取られたものが、SNS等で拡散し、自殺シーンのみならず炎上することがある。このような切り取りにどのように対応すればいいのか?トリガーとなるような見せ方をしなければ、一部分だけ切り取っても大丈夫と言えるのか?
清水 そもそも切り取られうるということを前提とした映像づくりや作品づくりが必要なのではないか。また、パパゲーノ効果があるような作品を、社会の中で総量として増やしていくことが、自殺の方向に後押しするような映像の効果を薄めることにつながる。
勝田 特に自殺については取り返しのつかない悪影響を及ぼす可能性があるので、配慮したうえで表現することは必要だろう。切り取られることは宿命としてあるので、ある程度のリスクは想定しておかなくてはいけない。
後藤 センセーショナルな場面が広告やスポットの番組宣伝などにキャッチーに使われていたりすると、そこに目をつけてしまう人がいる。そういった使われ方をしないような作品全体の雰囲気の持たせ方も大切なのではないか。
※過去に開催した「自殺報道のあり方を考える勉強会」のレポートは、こちらで公開しています。
第3回では、後藤さんの『ももさんと7人のパパゲーノ』制作時のエピソードが詳しく紹介されていますのでこちらもご参照ください。
〈終了後のアンケートより〉
- 放送局(部長)
「放送が自殺を誘引することを客観的にきちんと説明されたのは初めてだったので、リスクを痛感した」
- 映画会社(社員)
「表現の加害性を考えるうえで、具体の事例があっての説明がわかりやすかった」
- 放送局(部長)
「自死遺族、フラッシュバックを防ぐ意味での目線も知られて今後の参考になった」 - 制作会社(プロデューサー)
「特に印象的だったのはパパゲーノ効果。映像表現において、自殺を助長するのではなく、救うための表現がある点について知れたことがよかった」 - 放送局(部長)
あらゆる意味で考えるきっかけになった。つくる立場、伝える立場、見る立場、あらゆるアンテナを持って今後、自殺件数の増加傾向に歯止めをかける一助になれるよう、組織で取り組んでいかねばと思った。
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