啓発・提言等

【開催レポート】 「自殺の表現」に関する映像・舞台関係者向け勉強会 ≪前編≫~自殺や自傷に関連する企画・制作・表現を行う際に知っておきたいこと~

2025年1月 6日

JSCP202411月8日、「『自殺の表現』に関する映像・舞台関係者向け勉強会~自殺や自傷に関連する企画・制作・表現を行う際に知っておきたいこと~」をオンラインで開催しました。これまでJSCPでは、7回にわたりメディア・報道関係者向けに「自殺報道のあり方を考える勉強会」を実施してきましたが、今回初めて映画・ドラマや舞台の関係者を対象とした勉強会を開催。自殺や自傷を描く作品の制作に際してどのような課題や留意点があるのか、関係者のみなさんと一緒に考える機会として企画しました。当日はテレビ局や映画会社を中心に200人を超える方が参加し、アンケートでも82%が「満足」16%が「やや満足」と回答するなど高い評価をいただきました。

この勉強会のレポートを前・後編に分けてお届けします。

■当日のプログラムはこちら

【前編】日本の自殺概況と、ドラマが影響した自傷・自殺事例
【後編】NHKプロデューサー/ディレクターが登壇「ドラマで『自殺』をどう描いたか」





【前編】日本の自殺概況と、ドラマが影響した自傷・自殺事例

〈自殺の現状と自殺報道の動向〉

photo-shimizu-241126.jpgJSCP代表理事 清水康之
しみず・やすゆき
NHKディレクターとして自死遺児を取材したのをきっかけに、自殺対策の重要性を認識。2004年にNHKを退局し、NPO法人自殺対策支援センターライフリンクを設立。2006年、自殺対策基本法制定に貢献。2009~2011年、内閣府参与(自殺対策担当)。超党派「自殺対策を推進する議員の会」アドバイザーとして、2016年には自殺対策基本法の改正に関わる。2019年JSCP代表理事に就任。2023年、国際自殺予防学会「リンゲル賞」受賞。



まずJSCP代表理事・清水康之が日本の自殺の現状と自殺報道の動向について、警察庁の自殺統計等の分析データを共有し、JSCPがこれまで行ってきたメディア関係者向けの取り組みについて説明しました。

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  • 日本の自殺者数の推移とウェルテル効果

日本の自殺者数は、1998年に急増しましたが、2006年に自殺対策基本法が成立した後、減少していきました。しかしコロナ禍に見舞われた2020年、11年ぶりに増加に転じ、横ばいの状況が続いています。世界的に見ても日本の自殺死亡率は高く、深刻な状況です。清水は、これまでの自殺対策の取り組みを踏まえて、自殺が平均4つの悩みや課題を抱える中で起こっていることや、自殺を考えている人は「生きたい」と「死にたい」の間で揺れ動いており、こうした状況の中にある人が自殺に関するメディア報道に触れることで自殺のリスクが高まる可能性があることを紹介しました。
また、メディアが有名人などの自殺をセンセーショナルに報じた後、自殺者数が増える現象は「ウェルテル効果」と呼ばれていますが、清水は自殺統計の分析結果から、日本でも著名人の自殺報道の直後に自殺死亡者数が増えていたこと、また自殺を報じられた人の属性に近い人がより強い影響を受けやすい可能性があることなどを説明しました。

※「第5回自殺報道のあり方を考える勉強会」で、国内の「ウェルテル効果」についてより詳しく紹介しています。

  • JSCPのメディア向け取り組みについて

そのうえで、JSCPがメディア関係者を自殺対策における重要なパートナーと位置づけ、研究に基づいた情報提供などを積極的に行っていることに言及。具体的には、

        1. WHO自殺報道ガイドラインの翻訳・周知
        2. 著名人の自殺等の際に、厚生労働省と連名で注意喚起のリリースを配信
        3. 過去7回報道勉強会を開催し、延べ800人以上のメディア関係者が参加

などの取り組みを紹介し、近年は、大手メディアが自殺報道を行う際に相談窓口情報を併記するなど、ガイドラインが報道の現場で生かされてきているのを実感すると話しました。

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清水は最後に、「自殺は伝え方によっては、人の命に影響を与えるが、よい影響を与える『パパゲーノ効果』もある。伝え方次第で、死にたい気持ちを抱える人が、やっぱり生きてみようと思う後押しもできる。ガイドラインはあるが100%の正解はなく、JSCPも手探り。表現の自由との狭間で、どこでバランスを取ればいいのかということをみなさんと考えていきたい」と結びました。

WHO発行「自殺対策を推進するために 映画制作者と舞台・映像関係者に知ってもらいたい基礎知識」(通称「WHOガイドライン」)と最新の研究事例について〉

 
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JSCP広報官 伊江昌子
いえ・あきこ
1999年にテレビ東京に入社、事業部にて舞台・オペラ作品等に携わる。独立後は15年以上にわたりNHK教育テレビの番組プロデューサー等を務めるなど、実写、アニメーション、音楽制作や演出の現場に携わる。2023JSCPに入職。



続いて、JSCP広報官の伊江昌子が、WHOが発行しているガイドラインと、映像作品が自殺者数に影響を与えたとされる研究事例を紹介しました。

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伊江はまず、WHOが発行した舞台・映像関係者向けのガイラインの概要を説明。このWHOガイドライン(リソースブック)は、2019年に公表され、2020年には日本語訳が厚労省サイトに掲載されました。ガイドラインには、WHOがこれを制作したねらいについて、「映画制作者および映像・舞台作品の企画・制作関係者向けに情報を提供して、映像や舞台で自殺を描写する場合は必ず正確かつ適切に行うようにし、また、自殺描写が与える好ましい影響を最大化しつつ、悪い影響をすべて最小化すること」と記されています。
そのうえで、映像・舞台制作者が抱きがちな「ガイドラインが表現の自由を制約するのではないか」という懸念について言及し、「自殺の行為や手段に関する描写を避けること」というポイントに焦点を当て、ガイドラインに掲載されている研究成果から3つの事例を説明しました。

  • ドラマが自殺者数や自殺未遂者数の増加に影響したとみられる研究事例

伊江が紹介したのは、①“Death of a Student”『ある学生の死』(ドイツ)、②医療テレビドラマ:Casually(イギリス)、③Netflix配信連続ドラマ“13 Reasons Why” 『13の理由』(アメリカ)の3作品(詳細は資料を参照)。特に③の『13の理由』では、配信開始後の1か月間に米国の10歳から17歳までの若者の自殺率が28.9%増加し、9か月間で195件の自殺死亡者の超過が推計されることが米国国立精神衛生研究所(NIMH)から報告されています(当初3分間挿入されていた登場人物の自殺のシーンは、2019年の再編集でカットされ、現在もNetflixで配信されている)。これらの研究事例を踏まえて、伊江はコンテンツの視聴スタイルの変化と研究で分かってきたことを次のようにまとめました。

映画やテレビ番組や、舞台映像はネットでの配信が前提となり、いつでもどこでも何度でも見ることができるようになり、自殺に関する用語の検索も容易になった。

脆弱な状態にある人や、影響を受けやすいとされるこども・若者が自殺シーンに触れ、強い刺激を受ける可能性があることが研究からわかってきた。

一方で、自殺の危機を乗り越えることに重点を置いた描写は、鑑賞者の自殺リスクを低減することもこれまでの研究から分かっている(「パパゲーノ効果」)。

伊江は最後に「ガイドラインが表現の自由を制約するのではないか」という問いを改めて示しながら、「日本のコンテンツは大変人気があり、世界中で視聴されている。本日参加されている方も、今後自傷や自殺を描く作品に関わるかもしれない。ガイドラインに書いてあるからという『べき論』ではなく、この後の事例紹介も踏まえて、みなさんと一緒に考えていきたい」と述べました。

【後編】NHKプロデューサー/ディレクターが登壇 「ドラマで『自殺』をどう描いたか」につづく