研修・会議

「第1回 生きることの包括的支援のための基礎研修」 開催レポート

2021年11月19日

いのち支える自殺対策推進センター(JSCP)は2021917日、都道府県や市町村の自殺対策担当者・関係者を対象とした「第1回 生きることの包括的支援のための基礎研修」をオンラインで開催し、約400人が参加しました。

自殺対策は「生きることの包括的支援」として幅広い分野・領域と連携しながら、自殺に追い込まれることのない地域づくりとして推進するものです。「生きることの包括的支援のための基礎研修」は、2021年度中に全6回の開催を予定しており、地域で「生きることの包括的支援」として自殺対策を推進するために必要な「事業企画の立案」や「支援技術の理解」に役立てていただくことを目的としています。

初回である今回は、JSCP代表理事の清水康之が「生きることの包括的支援について(総論)」と題して講演し、生きることの包括的支援としての自殺対策とはどのようなものか、その全体的な見取り図を示しました。(初回研修のポスターはこちら

【写真①】清水さん.png

JSCP代表理事の清水康之

講演で清水は、「『生きることの包括的支援』は、自殺対策を総合的に進める上で最も重要なキーワード」として、以下の3点について詳しく説明しました。

  1. 現代日本社会における自殺問題の捉え方(問題の見立て)
  2. 「生きることの包括的支援」とは(問題解決の理念と枠組み)
  3. 地域において「生きることの包括的支援」の実践(具体的な実践方法)

1.現代日本社会における自殺問題の捉え方(問題の見立て)

清水は、自殺問題の見立てのポイントとして、以下の4点を挙げました。

  • 自殺は多くが「追い込まれた末の死」
  • 増え続ける(減ることがない)「自殺者数」
  • 自死遺児「社会的には3万人の1人でも、私にとってはたった1人の父だった」
  • 異常事態を異常事態としてとらえ続けること

そして、日本の自殺問題を象徴する事件として、東京都西東京市で2014年、当時中学2年生の男子生徒が自殺で亡くなり、継父が自殺教唆などの容疑で逮捕された事件について説明しました。継父は「しつけ」と称し、家の中で男子生徒の自由を奪い、食事をするにもトイレにいくにも自分の許可が必要な状況を作りました。外部と接点を断たれた男子生徒は、継父から女性の下着を身に付けさせられて写真を撮られ、母親からも暴力を受けるようになった末に、最後は継父に「24時間以内に首をつって死んでくれ」と言われ、首をつって亡くなりました。清水は、「自殺教唆は、人をそそのかして自殺行動に至らせること。だが私は、この男子生徒は継父から生きる条件を次々に奪われ、『もう死ぬしかない』という状況に追い詰められて亡くなったと思う。最後の『自殺』という行為は彼自身の行為だが、それだけをもって『彼が死を選択した』と受け止めてよいのか。私は決してそうは思わない。自分の大切ないのちさえも守れない状況に追い込まれるまでにはプロセスがあり、それをしっかり見ないと彼の死の本質は捉えることができない」と話しました。

清水は、「日本で自殺で亡くなる方の多くは、この男子生徒のように追い込まれた末の死である」とし、自殺対策のNPO法人「ライフリンク」が「自殺実態1000人調査」により明らかにした「自殺の危機経路」について、自殺で亡くなった方は平均4つの悩みや課題を抱えていたこと、「失業者」「労働者」「自営業」といった職業や立場によって人が自殺に至るプロセスに一定の規則性があること、などを説明しました。

【写真②】危機経路.jpg

その上で、「『失業』『配置転換』『事業不振』といった自殺に至る最初のきっかけは、私たちの日常生活にあふれている問題。こうした問題が悪化する中で別の問題が引き起こされ、引き起こされた問題が悪化する中で別の問題を引き起こし、といったように、問題が複数連鎖する中で自殺が起きている。亡くなる瞬間だけでなく、追い込まれていくプロセスも含めて自殺であると受け止める必要がある。自殺と私たちの日常は地続きであり、決して特別な人が特別な問題を抱えて自殺しているわけではない」と述べました。
そして、自殺の問題を見立てるために大切な視点として、以下の2つについて解説しました。

「グラフの先に人がいること」を実感することの必要性

次に、日本の自殺者数の年次推移のグラフを示し、北海道拓殖銀行の経営破綻や山一証券の自主廃業等に伴う社会経済状況の悪化にひきずられるようにして、翌1998年に自殺者数が急増し初めて3万人を超えたこと、そしてその後14年連続で自殺者が3万人を超え続けたこと、2006年に自殺対策基本法が施行され対策が広がる中で2010年に減少に転じ、その後10年連続で減少を続けたこと、しかし昨年(2020年)は11年ぶりに増加に転じたことを説明しました。

続けて、清水が2008年に撮影した、約3万人が参加した東京マラソンの様子をスタート地点近くのビルの上から撮影した動画を流し、「人が道路を埋め尽くす様子が映し出されているが、3万人が走り去るにはこうした状況が約20分間続く。『3万人』。文字にするとたった3文字だが、ランナー一人一人にゼッケン番号があるように、自殺で亡くなったお一人お一人にかけがえのない人生があり、家族や友人がいて、故郷があり、いろいろな経験を積み重ねてきた。『最近は自殺者数が減った』といっても、毎年約2万人が亡くなり続けており、それが私たちの日常であり日本社会の現実。グラフの先に人のいのちがあることを実感しながら、自殺の統計に触れていく必要がある」と語りました。

【写真③】自殺者数の推移.jpg

【写真④】東京マラソン.png

異常事態を異常事態としてとらえ続ける感性を

次に、「自殺者数は、本質的には増え続け、減ることはない。その認識をしっかり持っている必要がある」とし、「例えば、ある年の自殺者数が3万人で翌年28000人になれば、年間ベースでは2000人減ったことになる。しかし、実際には28000人が新たに増えていることになる。2010年から10年連続で減少したとお伝えしたが、実施のところは昨年までに337336人の方が亡くなっており、自殺者数は累積でしかない」と話しました。

清水が以前に出会った遺児の女性(当時大学生)の「社会的にみれば年間3万人のうちの1人だったかもしれない。でも、私にとってはたった1人の父だった」という言葉を紹介し、「データ分析は効果的な対策を実施するために不可欠だが、私たちが向き合うのは人の暮らし・いのちの問題であることをどこかで常に意識しながら問題に向き合う必要があり、異常事態を異常事態として捉え続ける感性をしっかり持ち続ける必要がある。そうでなければ地域や社会全体で異常事態という認識が共有されず、問題が繰り返されてしまう」と述べました。

【写真⑤】自殺者数の推移(矢印付).jpg

2.「生きることの包括的な支援」とは

清水は、ライフリンクが実施した「自殺実態1000人調査」で明らかになった自殺の10大要因を、自殺との距離との関係で配置した「自殺要因の連鎖図」を示しました。(図中のカッコ内の数値は、自殺の要因が出現した順番の平均値。数値が高ほど、追い詰められた状況を示す)

【写真⑥】自殺の連鎖図.jpg

そして、「『うつ病』は自殺の一歩手前に出現する要因だが、様々な要因が連鎖した結果として出現しており、自殺対策を進める上では、うつ病の問題だけに取り組んでいるのでは不十分。うつ病に至らないように、それぞれの要因の手前で連鎖を断ち切っていく取り組みが非常に重要になってくる」と話しました。

次に、「自殺の危機経路」の全体図を示し、「自殺の背景には約70の要因がある。重要なのは、自殺の背景に潜む要因の一つ一つには既に様々な対策がなされている。それにも関わらず自殺で亡くなる方が日本でこれだけ多いのは、それぞれの対策がバラバラで行われてしまっているために、自殺の危機経路の進行を断ち切ることができていないということだ。自殺が平均4つの要因が連鎖して起きるならば、一人の自殺を止めるためには平均4つの関係機関が連携しなければならない。『点』の取り組みでは、プロセスで起こる自殺を止められない」と述べました。

【写真⑦】自殺の危機経路.jpg

ライフリンクの「自殺実態1000人調査」で、ご遺族に対し「故人は自殺で亡くなる前に専門機関に相談していたか?」と質問したところ、回答した498人のうち約70%が「相談していた」と回答しています。さらに、このうちの約60%は、亡くなる1カ月以内に相談していました。それにも関わらず亡くなっているのは、「やっとの思いでたどり着いた窓口の対応が適切ではなかったり、複数の要因の一つにしか対応しておらず、その一つに対応しているうちに残りの問題が悪化してしまったりしたことが考えられる。その現実を踏まえるならば、自殺対策は生きる支援だと捉えるべき。追い込まれた方が、それでも生きる道を選べるよう、包括的に支援していくことが自殺対策の本質ということになる」と、清水は話しました。

続いて、自殺対策基本法(2006年施行)が2016年に改正された際に盛り込まれた「基本理念」の条文について、「条文の内容を砕いて言うと、自殺対策は生きることの包括的支援であり、生きることの阻害要因を減らす取り組みと、生きることの促進要因を増やす取り組みである」とし、「阻害要因が促進要因を上回る状況から、促進要因が阻害要因を上回る状況を作っていくのが生きることの包括的支援であり、どちらかではなく両方に取り組まねばならない」と説明しました。

【写真⑧】条文+促進・阻害要因.jpg

3.地域における「生きることの包括的な支援」の実践

以上を踏まえ、実際に地域で「生きることの包括的な支援」を実践するのは、どうしたらよいのでしょうか。

清水は、「自殺対策は地域づくりに資するだけではなく、地域づくりの絶好の切り口になる」とし、その理由について、「社会が多様化する中で地域で起きる問題は複雑化・複合化しており、8050問題に象徴されるこれまで想定していなかった問題が地域の現場で起きている。それは、暮らし方、働き方、世帯のあり方、価値観の多様化によるものだ。そうした問題が最も深刻化した末に起きる現象の一つが自殺であり、地域で起きる自殺に対応できるようなネットワーク、あるいは地域の力を身に付けていくことができれば、自殺の手前にある問題に対しても有効に機能するはずだ」と説明しました。
一方で、「地域のネットワークや力は自然発生的には生まれず、関係者が意識的に力を結集させる必要がある。それができるか否かで、地域住民の命が守れるか否かが決まる。できる自治体とできない自治体の間に大きな格差が生まれるのではないかと思う」と指摘し、「自殺対策を推し進めていくことが、結果として、これからの時代における柔軟な地域力を育むことになり、機能的な地域のネットワークを作っていくことになる」「今リスクを抱える人を支えられる地域をつくることは、自分がそういう状況になった時に支えてもらえる地域を作ることになり、『誰かのため』が結果的に『自分のため』にもなる『お互い様』の地域・社会を築いていくことになる」と述べました。
そのような地域をつくるための効果的・効率的な方法は、都道府県及び市町村による作成が義務付けられている地域自殺対策計画の作成の手引きに盛り込まれている5つの基本施策(下記①~⑤)を着実に実践していくことだとし、「自殺の問題に一発逆転ホームランのような特効薬はない」と話しました。

5つの基本施策

  1. 地域におけるネットワークの強化
  2. 自殺対策を支える人材の育成
  3. 住民への啓発と周知
  4. 生きることの促進要因への支援
  5. 児童生徒のSOSの出し方に関する教育

(本講演では、このうち1~3について、東京都足立区などの取り組みを例に詳しく解説しました。詳細は、講演の動画をご視聴ください。)

講演の最後に清水は、「これまで『点』として地域でばらばらになってしまっていた相談機関や専門家、支援者を、当事者のニーズに応じる形でつなぎ、『線』にしていく。そうした当事者本位の『線』が重なり合うことで『面』になり、それが地域のセーフティネットになる。セーフティネットに加わる専門家や相談機関が多いほど網が大きくなり、同時に、相談窓口や専門家の連携が深まるほど、網の目が細かくなる。結果的に『生きることの包括的支援』が全国どこででも行われるために、我々も地域の皆さんをしっかりと支援させていただく。今回の連続研修会の開催は、我々のその決意の表れである。引き続き、みなさんと一緒に『誰も自殺に追い込まれることのない社会』の実現に向けて歩んでいきたい」と挨拶しました。

■本講演の動画はこちらからご覧いただけます