研修・会議
【開催レポート】 第9回 自殺報道のあり方を考える勉強会 「過熱するネット空間に向き合う報道現場と自殺報道ガイドライン」
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JSCPは2026年7月24日、メディア関係者、プラットフォーム事業者等を対象に、第9回「自殺報道のあり方を考える勉強会」をオンラインで開催しました。今回のテーマは「過熱するネット空間に向き合う報道現場と自殺報道ガイドライン」。全国から200人を超えるメディア関係者から申し込みがありました。
SNSで情報や映像が急速に拡散し、真偽不明の情報や誹謗中傷が現実の生活圏にも影響を及ぼす時代に、メディアは自殺に関するニュースとどう向き合っていけばよいのでしょうか。本勉強会では、JSCPから国内の自殺の概況、WHO自殺報道ガイドラインの概要、過去40年間の報道の変化とSNS上の情報拡散に関する研究報告に続き、神戸新聞社報道部の前川茂之記者に、SNS選挙とも呼ばれた2024年の兵庫県知事選を巡る連載「元県議の死から1年」の取材と執筆において、自殺報道にどう向き合ったのかをご報告いただきました。
■プレスリリースはこちら
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日本の自殺の概況(JSCP代表理事 清水康之)
冒頭、JSCP代表理事の清水康之は、日本の自殺者数の長期的な推移について説明しました。日本全体では2010年以降に減少傾向に転じ、2025年には統計を開始した1978年以来、初めて2万人を下回りました。その一方で、こども(小中高校生)の自殺者数が増加傾向にあり、危機的な状況にあることなどを伝えました。
また、2025年の自殺対策基本法改正では、こどもの自殺対策の強化に加え、自殺の助長につながり得る情報、物品、設備等について、適切な管理や配慮を促すための措置に関する規定が新たに設けられたことを紹介しました。
清水はこの規定について、「自殺が多く発生している場所へのフェンスの設置や、SNS等を通じて拡散される自殺の誘因情報の削除、WHO自殺報道ガイドラインを逸脱した報道の防止等を促す取り組みなどの根拠となる条文として、立法趣旨において位置づけられている」と解説しました。
さらに、有名人の自殺が大きく報じられた後に、自殺者数が増加した国内の事例を示し、「自殺は報じ方によって受け手の自殺リスクを高めかねません」と指摘しました。一方で、「自殺報道に100%の正解はなく、『報じる意義』と『報じるリスク』のバランスの中で、ケースバイケースで考えていく必要があります。私たちJSCPは、『べき論』を一方的に押し付けるのではなく、皆さんと一緒に自殺報道のあり方を考えていきたいと思っています」と述べました。
WHO自殺報道ガイドライン「するべきこと」「してはいけないこと」(JSCP広報官 山寺香)
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JSCP広報官の山寺香は、WHOがメディア関係者向けに作成した自殺報道ガイドライン『自殺予防を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識(2023年版)』について、概要を説明しました。
WHOガイドラインは、自殺報道後に自殺者数が増える「ウェルテル効果」を最小化し、報道が自殺を抑止する「パパゲーノ効果」を最大化することを目的として、世界各国の100以上の研究論文を基に作成されています。
また、ガイドラインでは、
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- 「してはいけないこと」(Don’ts) 8項目
- 「するべきこと」(Dos) 6項目
が示されています。
「してはいけないこと」としては、自殺の手段を描写しない、場所の詳細を伝えない、見出しにセンセーショナルな言葉を使わないなどがあります。
「するべきこと」としては、助けを求める方法や相談先の情報を伝えること、自殺や自殺予防について正確な情報を伝えること、有名人の自殺報道には特に注意を払うことなどがあります。
山寺はこれらについて、1項目ずつ紹介・解説しました。
『自殺予防を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識 2023 年版』(日本語版)より
最後に、「自殺報道は、ある日突然やってきます。いざという時にガイドラインがすぐ手に取れる場所にあると、落ち着いて対応することができるかもしれません。ぜひお手に取ってご活用ください」と話し、ガイドラインの入手方法を伝えました。
■WHO自殺報道ガイドラインは、JSCPのWebサイトからダウンロードできます
https://jscp.or.jp/activities/proposal/detail/WHO-MediaProfessionals-2023.html
【研究報告】データで見る、国内の自殺報道の変化およびSNS上での情報拡散が受け手に与える影響(JSCP分析官 中村紘子、谷貝祐介)
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① 日本における有名人の自殺報道と自殺者数の関係
JSCP分析官の中村紘子は、2009年から2025年までの自殺者数の推移を示した上で、季節、曜日、失業率などの影響を考慮し、2015年から2019年までの傾向をもとに予測した2020年以降の自殺者数と、実際の自殺者数を比較した分析結果を報告しました。
一部の有名人の自殺報道の直後には、実際の自殺者数が予測値を大きく上回る期間が確認され、「ウェルテル効果が生じた可能性があります」と説明しました。一方で、「すべての有名人の事例で同じような大幅な増加が起きたわけではなく、自殺報道の影響は事例により異なります。この差について、先行研究では報道内容が影響している可能性が指摘されています」と述べました。
② 過去40年間の有名人の自殺報道の変化
続いて中村は、1984年から2024年までの約40年間について、新聞報道を対象にWHOガイドラインの主要項目に沿って分析したJSCPの研究について、中間報告しました。
分析の結果、「見出しでの『自殺』という言葉の使用」や「自殺手段の描写」が減少するなど、一部の項目では、WHO自殺報道ガイドラインが示す方向と整合する変化がみられました。また、「相談窓口の情報」のように近年になって掲載が増えた項目がある一方、「専門家の解説」のように期間を通じて明確な変化がみられない項目もありました。
※注)本結果は分析途上のため、現時点で確定的な傾向を示すものではありません。解釈にはご注意ください。
JSCP作成③ ソーシャルメディアとウェルテル効果:手段に関する情報の拡散とその影響
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続いて、同じくJSCP分析官の谷貝祐介が、自殺手段に関する情報がSNSでどのように拡散し、受け手のメンタルヘルスや自殺行動に影響を及ぼし得るかついて検討したJSCPの研究を中間報告しました。
昨今、ソーシャルメディアがウェルテル効果に与える影響は無視できないものとなっています。そこでJSCPでは、2020年から2024年までのX(旧Twitter)上の投稿数と手段別自殺者数のデータを用いた分析を進めています。
分析の結果、有名人の自殺事案だけでなく、一般の事案をきっかけとして、自殺手段に関する情報がX上で急速に拡散した例が確認されました。また、一部の事案の周辺では、手段別の自殺者数や、「死にたい」「自殺したい」といった自殺念慮に関する投稿数が、平時より多く見える傾向が確認されました。ただし、これらの情報拡散と自殺者数や自殺念慮に関する投稿の増加との因果関係は明らかになっていません。
谷貝は「今後さらなる分析が必要になる」とした上で、「一度話題になってしまうと、利用者がリスクのある情報にさらされ続け、人々の不安や苦しい気持ちが高まってしまう可能性があることが、SNS空間の持つ危うさの一つであるように感じます」と考察しました。
【実践報告】「元県議の死から1年」―連載でたどる兵庫県知事選と報道(神戸新聞社報道部 前川茂之記者)
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神戸新聞社報道部の前川茂之記者からは、兵庫県の告発文書問題を追及した元県議が自死に追い込まれた背景に迫った同紙の連載「元県議の死から1年」の取材・執筆において、自殺報道の観点からどのように向き合ったのか、ご報告をいただきました。「元県議の死から1年」は、「SNS選挙」とも呼ばれた2024年の兵庫県知事選を多角的に検証し、2025年の「坂田記念ジャーナリズム賞」を受賞した神戸新聞の特集企画「兵庫県知事選 あの熱狂の中で」の一部として掲載された連載です。
「これほど熱狂が広がった選挙は初めて」
前川記者は、告発文書問題が起きる直前の2024年3月に兵庫県庁キャップとなり、同年10月31日に告示された兵庫県知事選などを取材してきました。
知事選では候補者が過去最多の7人となり、前回から投票率が大きく上昇しました。とりわけ大きな特徴はSNSやYouTubeを通じた情報の拡散だったとし、神戸新聞社が選挙後に行った分析では、選挙期間中、ある政治団体のYouTube動画の再生回数が計1700万回に達するなど、「私自身、20年以上さまざまな選挙を取材してきましたが、これほど熱狂が広がった選挙は初めてでした」と振り返りました。
そして「私たちはいつもの地方選挙で草野球をやっているつもりだったのに、いつの間にかメジャーリーグの球場に舞台が移っていて、客席から無数の罵声や虚偽情報が投げつけられてくる。そんな実感で17日間の選挙戦を過ごしました」と語りました。
「熱狂」と「分断」の背景に、メディア不信
選挙期間中、地元紙である神戸新聞社がある候補者の“標的”となり、本社前で街頭演説が行われたり、会社を取り囲んで批判を叫んだりする場面もあったといいます。
「ネット空間の言動が、数千人、時には数万人という規模になって押し寄せてくる。自分が働いている会社を取り囲んで、『つぶれろ』と言ったり、取材現場で嘲笑されたりする。一人で現場に立っていると、そこにはリアルな暴力性がありました。自分が拠り所にしてきた足元が崩れ落ちるような感覚があり、非常に恐怖を感じました」
同社の情勢調査では、支持する候補によって参考にした情報が大きく異なりました。ある候補の支持者は「YouTubeやSNS」、別の候補の支持者は「テレビや新聞」を参考にする傾向が見られ、「同じ出来事を見ていても、見ている世界が全然違う。私たちの報道が届くか届かないかによって、受け取る『現実』そのものが違ってしまう可能性がある」と感じたといいます。
こうした状況について前川記者は「知事選で当該知事が再選された一番大きな理由は、メディア不信だったのではないかと思います」と振り返りました。
なぜ「元県議の死から1年」を書いたのか
選挙後、神戸新聞社内では報道部有志が「熱狂×民意」班を結成し、SNSや民主主義について考える特集企画「兵庫県知事選 あの熱狂の中で」の連載を始めました。その第5部となったのが、全14回の連載「元県議の死から1年」でした。
前川記者は、元県議の命日に合わせて連載を届けたいという思いがあったと説明し、次のように語りました。「虚偽に基づく誹謗中傷がずっと飛び交い続けていて、ご遺族や元県議の尊厳が傷つけられ続けていたからです。いつまでも飛び交う虚偽の情報に、きちんとけりをつけたい、まずは一周忌までに何とかしたい、という思いがありました」。
告発文書問題を取材する中で、注目された県関係者の自死以外にも、複数の死があったといいます。取材班では、この問題と関係があるのか、社会性やニュース性があるのかといった観点から慎重に裏付け取材を進めました。自殺報道の観点から「自殺の原因は単一ではなく複雑である」ことを前提としつつも、「何があったのか」を確認すること自体は放棄せず、「関連があるならば報じる必要がある」という姿勢で取材に臨んだといいます。
一方、取材班のこうした慎重な対応が、SNSでは「メディアが隠している真実」として語られ、陰謀論へと発展していきました。告発者が亡くなった理由は取材を重ねても断定できるものではなく、「本当の理由は分からない」と報じざるをえない一方で、ある候補者が憶測に基づき死の理由を断定した発言は広く拡散していきました。「WHOガイドラインに沿って『自殺の理由は分からない』『複数の要因が絡み合う』と伝えても、全く拡散されない状況でした」。
「痛みを伝えたい」と「新たな傷を生みたくない」の間で
前川記者は、元県議を長年取材し、誹謗中傷に苦しんでいたことも知っていたといいます。一方、SNS上では、「誹謗中傷で政治家は死なない」「やましいことがあったから亡くなった」と断じる言説が広がり、「強い抵抗感」がありました。
「元県議が味わった痛みや、軽い気持ちで投稿や『いいね』をすることの重さを読者に伝えたい」という強い思いがありました。一方で「今生きることにしんどさを抱えている人やご遺族に、さらに別の傷を負わせたくない」という思いも強くあり、「自殺の連鎖を誘発せずに企画をどう成立させるかが、この連載での大きな課題でした」と述べました。
元県議と生前から交流があった前川記者は「『亡くなる前に、一本電話をしておけばよかった』という後悔は、私にもありました」と振り返りました。その一方で「県民の代表である元県議の死を『個人の出来事』で終わらせては絶対にいけないと思いました。では『私たち新聞記者にできることは何か』と考えた時、実際に何が起きたのか、ファクト一つ一つを取材して積み直していくことしかないと思いました。私たちは、『批判』と『誹謗中傷』をきちんと切り分け、それが筋違いなのであれば、元県議の尊厳を取り戻したいと思っていました」と語りました。
WHOガイドラインを読み直し、専門家に「助言」を求める
この課題に直面した時、取材班がまず指針としたのはWHO自殺報道ガイドラインであり、ガイドラインを読み込んで議論を重ねたといいます。そして、取材班は以下のような観点に着目しました。
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- 「自殺や自殺予防に関して、正確な情報に基づいた事実を周知する」(WHOガイドライン、P13)
- 相談先に関する正しい情報を提供する(WHOガイドライン、P12)
- メディア関係者自身がその影響を受けてしまう可能性があると認識する(WHOガイドライン、P15)
① 「自殺や自殺予防に関して、正確な情報に基づいた事実を周知する」(WHOガイドライン、P13)
ガイドラインのこの項目に関する詳しい説明文(P13)には、「発信される情報の正確さを確保するため、メディアのガイドラインやコミュニケーションにも精通している可能性のある自殺予防の専門家、また自殺関連の出来事を経験した当事者に助言を求めることが奨励される」という記載があります。
前川記者は、以前の取材を通し信頼関係のあった精神科医と臨床心理士に協力を依頼し、執筆中の原稿を2度にわたって確認してもらい、意見を求めました。見出しやリード文がセンセーショナルになっていないかの確認などです。
その他、専門家の助言により、連載の冒頭に「この連載は自死に関する記述が含まれます。執筆は世界保健機関(WHO)の自殺報道ガイドラインにのっとり、精神医療の専門家の助言を受けています」という趣旨のクレジットを入れることになりました。「YouTube動画(でセンシティブな映像の冒頭)に出るお知らせのようなイメージでした。読者に対し『私たちは、ウェルテル効果を最小限にしたいと考えています』という姿勢を示すものであり、読者への説明責任だと考えました。同時に、私たちはこういうふうに考えて、できることを最大限行いたいと思っている、ということを伝えようとしていました」
これは、兵庫県知事選などの取材を通し、報じる側が裏付け取材を行った上で「報じない」と判断した事柄が、その理由を明確に説明しなかったために、ネット上では「メディアが隠している」といった陰謀論が広まった経験からの対応であったといいます。
専門家の助言を参考に、Web記事では毎回掲載し、紙面は初回のみ掲載しました。
また、その他で「一番参考になった専門家の助言は、『評価を足さずに、淡々と事実を書く』ということでした」と話しました。評価や教訓を加えることで、心がしんどい読者に「こうすればよかった」という後悔を生じさせたり、出来事が過度に物語化されたりすることへの懸念が示されたといいます。
② 「相談先に関する正しい情報を提供する」(WHOガイドライン、P12)
相談窓口情報については、前川記者自身が以前から自殺に関する記事には相談窓口を入れるようにしてきたこともあり、当初は掲載することを前提に考えていました。しかし専門家からは「記事の文脈や表現によっては、窓口の表示によって自殺への注意を強める可能性もある」との意見がありました。専門家の助言を参考にしながら、記事が自殺を誘発するような内容になっていないか、連載全体の文脈や表現を慎重に検討した結果、今回は相談窓口情報を掲載しないことにしました。
「相談窓口の情報を載せるかどうかを機械的に決めるのではなく、どのような文脈で載せるのかが大切であることに、気づかされました」と振り返りました。
③ 「メディア関係者自身がその影響を受けてしまう可能性があると認識する」(WHOガイドライン、P15)
前川記者は、生前の元県議と長い付き合いがあり、「取材相手が本当に苦しい思いをしていたのに、救えなかった」という苦しい気持ちを抱え、取材後に車の中で涙が出てくるような経験もあったといいます。他のメンバーもしんどい思いを抱えながらの取材となったため、「そうした負担が一人に集中しないよう、意識しました。同僚たちと『今、しんどいですわ』と言葉にしてわかち合うことで、心理的な負担が大きく軽減しました」。(※この後の「質疑応答」で、関連質問有り)
上記3点以外でWHOガイドラインを参考にした点として、以下を挙げました。
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- 自殺の手段や状況などの詳細は、一切描かなかった
- 元県議の人物像について、美談にすることなく、取材で得られた良い面も悪い面も載せるようにした
- 見出しがセンセーショナルにならないよう、配慮した
最終的な編集判断はメディアが担う
最後に前川記者は、専門家の意見を聞く際に強く意識したこととして「『監修』ではなく『助言』であり、最終的な編集判断は新聞社が担うことを明確にした」点を挙げました。
そして、WHOガイドラインの活用について「連載で伝えたいことがあったが、ウェルテル効果への懸念は非常に強くありました。そうした迷いを、専門家の助言を得たことで大きく軽減できました。(ガイドラインを活用することで、)自分たちがどのような書き方で何を伝えたいのかが、より明確にできました」と述べました。
質疑応答(前川記者、JSCP清水、中村、谷貝)
質疑応答では、参加者から寄せられた質問に対し、JSCP広報室長の三海厚の進行で、前川記者、清水、中村、谷貝が回答しました。
【質問①】マスメディアが自殺の手段や場所、経緯などの詳細を伝えないことが、陰謀論等の誤情報の拡散につながるリスクはあるか? また、それを防ぐ方法はあるか?
前川)自分たちも、自殺の手段や遺書の内容などは社会性を考えながら極力報じない判断をしてきました。しかし、そのことが結果として陰謀論につながってしまった側面は非常に強くあったと思います。
例えば告発者の私的情報については、問題そのものと関係がなく、自殺の原因とも断定できないと考えていたため、報じませんでした。しかし、「なぜ書かないのか」「知っていて隠しているのではないか」という批判を数多く受けました。
その経験から、単に書かないのではなく、「なぜ書かなかったのか」を説明することも重要だと考えました。実際、選挙後には、私的情報を報じなかった理由について記事を書きました。告発内容との関連がないことや、情報入手方法の問題など、報じなかったことには明確な理由があったからです。
ただ、その理由を事前に十分説明していなかったことが、結果としてメディア不信を招いた面があったと思っています。
清水)前川記者の取り組み自体が、この質問への一つの答えになっていると思います。
重要なのは、自殺報道のリスクを十分に検証しながらも、報道機関として伝えるべき事実は伝えていくということです。
ただし、勉強会の冒頭でもお話しした通り、自殺報道に「これが答えだ」という明確なものはありません。自殺を報じることによるリスクがある以上、そのリスクをどう抑制するかを考えながら、それでも報道していく必要があります。
私もかつて報道に携わっていた立場ですが、おそらく自分もそうしようと考えたのではないかと思います。
【質問②】自殺や誹謗中傷に関する取材を続ける中で、ご自身の感情や心理的負担とどのように向き合ったのか?また、組織としてどのような支援が必要と考えるか?
前川)これは本当に難しい問題だと思います。連載の取材中、私自身もかなり苦しい時期がありましたが、一番大切なのは、「一人にしないこと」だと思います。
今回はチームで取材したので、周囲に話を聞いてくれる人がいて、「今ちょっと、しんどいですわ」と言える相手がいたことは、大きな助けになりました。
自殺やご遺族の取材は、人によってはかなりの影響を受けます。だから、一人で抱え込まないことが大切ですし、組織としても、取材者が一人で抱え込まずにすむ環境を作ることが大切だと思います。
清水)私も前川さんとほぼ同じ意見です。NHK時代に自殺に関する取材をしていた時、テレビ取材ではディレクター、カメラマン、音声担当などチームで動くことが多いのですが、取材後には「今日、どう感じたか」「何が印象に残ったか」を話し合う時間を設けていました。
やはり、一人で抱え込まず、重い感情を共有できる環境があるかどうかで、大きく変わってくると思います。
【質問③】一般的には、自殺報道では相談窓口の情報を載せるべきとされている。「元県議の死から1年」では掲載しなかったということだが、どのような場合に掲載を見送る判断があり得るのか?
前川)私自身はこれまで、「自殺報道には相談窓口を載せるべきだ」という考えを強くもっており、今回も最初はそのつもりでした。ただ、精神科医や臨床心理士の方に原稿を見てもらったときに、「必ずしもそうではなく、記事の内容や文脈によっては、相談窓口情報がかえって自殺への注意を強めてしまう可能性もあるかもしれない」という助言を受けました。
今回は、記事全体の構成、読者への伝わり方などを総合的に見て判断しました。しかし、これは「載せない方がよい」という話ではなく、私自身もまだ、正解や「線引き」は分かりません。今回はこう判断しましたが、今後もケースごとに専門家の助言を受けながら判断していく必要があると考えています。
清水)これもケースバイケースであり、一律の正解はないと思います。
相談窓口情報によって助かる人も、当然います。一方で、前川さんがおっしゃるように記事の文脈によって別の影響が出る可能性も、ないとは言えません。
場合によっては自殺に特化した窓口ではなく、生きづらさ、悩み、困りごと全般について相談できる窓口を紹介するという選択肢もあります。記事の文脈や読者へ与え得る影響を考えながら、判断することが大切だと思います。
【質問④】「心中」報道にも、自殺報道と同様の影響があるのか? また、同様の配慮が必要なのか?
中村)現時点では、心中報道が有名人の自殺報道と同程度の影響を持つと断定できるだけの研究の蓄積はありません。
ただし、過去の研究では、心中事案や集団自殺に関する情報と、人々の関心や検索行動が関連する可能性が示されています。
今後は、SNS上の反応や探索行動に与える影響等も含めて検討していく必要があると考えています。自殺報道研究で蓄積された知見も参考にしながら、どのような報道のあり方が望ましいのかを考えていく必要があると思います。
前川)心中事案は事件性を伴うことも多いため難しいが、神戸新聞では手段の詳細を書かない、センセーショナルな見出しを避けるといった基本的な配慮は自殺報道と大きくは変わりません。
一方で、例えば老老介護などの社会的・構造的な課題が背景にあるような場合には、そうした課題に目を向けて報じることは重要だと思っています。
■JSCPが過去に開催した「自殺報道のあり方を考える勉強会」の詳細レポートは、こちら






