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【JSCP対談企画】内閣府初代自殺対策推進室長・柴田雅人×JSCP代表理事・清水康之「原点」から読み解く、こどものいのちを救う処方箋
「Yahoo!ニュース エキスパート」で2026年4月7日に公開した記事を転載しています。
JSCP代表理事の清水康之(左)と柴田雅人元内閣府政策統括官(右)
2006年の「自殺対策基本法」成立から20年。かつて年間3万人を超えていた日本の自殺者数は減少に転じ、2025年には統計開始以来初めて2万人を下回るという大きな節目を迎えました。
しかし、依然として2万人近い尊いいのちが失われており、特に「こどもの自殺」は深刻な状況にあります。
自殺が「個人の問題」から「社会の問題」へと再定義された基本法制定前後に、何が起きていたのか。
内閣府の初代自殺対策推進室長として、各省庁の壁を越えた政府全体の体制づくりを主導し、明確な正解がない中、遺族や民間団体の生の声に耳を傾け、現在の官民連携の礎を築いた柴田雅人元内閣府政策統括官。
そして、当時から民間団体「NPO法人自殺対策支援センター ライフリンク」代表として現場の声を国政に届け、自殺対策基本法の制定にも関わった「厚生労働大臣指定法人・一般社団法人いのち支える自殺対策推進センター(JSCP)」代表理事の清水康之。
「社会問題としての自殺」への対策。その礎を築くため共に奔走した2人が、改めて自殺対策の「原点」を振り返り、現代の課題にどう向き合うべきかを語り合いました。
【文・山寺香、写真・八木沼卓(いずれもJSCP)】
柴田 雅人(しばた・まさと)
1948年、東京生まれ。1974年、厚生省(当時)入省。内閣官房内閣参事官などを経て、2006年7月より内閣府政策統括官(共生社会政策担当)。同年10月の自殺対策基本法施行に伴い、内閣府に設置された自殺対策推進室の初代室長に就任。内閣府審議官を務め、2009年に退官。その後公益社団法人国民健康保険中央会理事長を経て2018年~2020年、一般財団法人日本民間公益活動連携機構(JANPIA)専務理事などを務めた。
清水康之(しみず・やすゆき)
1972年、東京生まれ。1997年、NHK(報道ディレクター)に入局。2001年、自死遺児を取材した番組「お父さん、死なないで」(クローズアップ現代)を放送。2004年にNHKを退局し、NPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」を設立。2019年、一般社団法人・厚生労働大臣指定法人「いのち支える自殺対策推進センター」を設立し、代表理事に就任。
年間自殺者数2万人を下回る。20年の節目に語る「通過点」としての現在地
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清水)柴田さん、本当にお久しぶりです。
自殺対策基本法の成立から20年という節目に、期せずして、年間自殺者数が統計開始以降初めて2万人を下回るという状況がようやく実現しました。
ただ、まだ年間2万人近い方々が亡くなっており、こどもや若者の自殺も深刻な状況ですから、あくまで通過点に過ぎません。
今後、こどもの自殺対策を強化していく上で、当時の暗中模索の中でいかに省庁間や官民の壁を乗り越えてきたのか、初代室長である柴田さんと振り返りたいと思います。
柴田)当時は「3万人を下回ること」さえ高いハードルでした。今回2万人を下回ったのは、基本法に基づき、効果があると思われることを官民で粘り強く積み重ねてきた結果だと考えています。
通常、行政は実態や原因を解明してから施策を立案します。しかし、当時の異常事態において、私たちは「現場の実感」を頼りに、効果があるかもしれない事項には積極的に着手するという、通常の行政のスピード感を超えた対応を迫られました。
清水)「これをやったら自殺が減る」という明確な答えがない中、現場の感覚から原因になりそうなものを取り除こうと、私たちも全速力で走ってきました。
その中で、柴田さんが責任者として一緒に走り、政府全体で官民が連携して取り組む最初の方向付けをしてくださったことが、今振り返ると非常に大きかった。
自殺が「精神疾患の延長線上の対策」から抜け出し、「社会づくり」へ向かう転換点になりました。
縦割りを打破した内閣府・初代自殺対策推進室長の気概
柴田)私は以前、内閣官房で国会対応の内閣参事官をしていた際、凄まじい省庁間の縄張り争いを目の当たりにしてきました。
各省が自分の所掌を守ることにエネルギーを使い、時に本来やるべきことが置き去りにされるような光景です。自殺という極めて複雑な課題に対し、行政の既存の枠組みだけで解決できるわけがありません。
超党派の「議員立法」で立法府の意思として自殺対策基本法ができたことで、その内容は政府提出法案で求められる各省庁の利害調整にエネルギーを費やすことなく、「何が必要か」という本質からスタートできました。
立法府の意思を受ける行政側は、2001年に誕生した内閣府が各省庁を総合調整する立場にあったため、私が自殺対策基本法の施行を担当することになり、内閣府政策統括官として所管争いに悩まされることなく、まずは必要な対策を優先しようという気概で取り組めました。
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行政が知らない「現場の実感」を求めて。官民連携が必然だった理由
清水)振り返れば、柴田さんと最初にご一緒したのは内閣府でした。
基本法が成立し、自殺総合対策大綱を作るための検討会議が設置される際、柴田さんは警戒する周囲を説得して、民間団体(ライフリンク)の代表だった私を委員に迎え入れてくれました 。私のような「若造」を委員にすることに、行政内部の抵抗はなかったのですか?
柴田)当時、政府関係者の間では「民間団体(清水さん)に政府の方針がかき回されるのではないか」という警戒感が強かったのは事実です。
しかし、私は「民間団体の代表として世論に訴え、国会議員を動かして基本法成立までこぎつけた清水さんと、意見を交換しながら進めることが不可欠」と確信していました。それまでの実績を考えれば若いからダメだと考えたことはありません。
清水)柴田さんのその「懐の深さ」が、どれほど大きかったか 。
行政のルールや予算の制約、いわば「限界の壁」を知りつつも、それをどう工夫して突破するか。柴田さんは常にそのギリギリのラインを攻めていましたよね。
その姿勢があったからこそ、私たちは行政を「乗り越えるべき壁」ではなく、「共に戦うパートナー」として信頼することができたのです。
「来れば診る」の限界。ご遺族の涙が教えた「気づきと繋ぎ」の核心
柴田) 当時のことで特に印象深いのは、ライフリンクが2007年に開催した「自死遺族支援全国キャラバン」での体験でした。
清水)全国キャラバンのテーマは「自殺を『語ることができる死』へ」。民間が企画し、日本財団の支援を受けて全都道府県を回ったあの旅に、柴田さんも足を運んでくれました。
柴田) 自殺総合対策大綱ができて、これからやっていこうという時期でした。
今でも昨日のことのように思い出すのは、東京ビッグサイトの会場で、ご遺族の方が涙ながらに体験を語られた場面です。自殺に対する周囲の誤解や偏見、そして自責の念に苦しむ胸の内が吐露されました。
その言葉が心にグサッと刻まれました。本人や遺族が語りたがらない、だから行政はわからない、わかろうとしても日頃付き合いもなく信頼関係が醸成されていない担当官に語ることはない。民間団体は他人には言えない悩みや苦しみを持つ人同士が語り合う場となりそこから見えないものが見え、行政や議会につなぐことができる、ということに気づかされました。
「行政が知らないこと、分からないこと、できないことがある」ことと民間団体の持つ潜在力を身に沁みて感じたのです。
そんなこともあり、話がそれますが、退官後に一般財団法人日本民間公益活動連携機構(JANPIA)の立ち上げに関わりました。JANPIAは、休眠預金を活用し、熱意は十分で実績もあるが運営基盤が脆弱な民間団体が持続的に活動できるように支援するもので、対象事業の中には自殺対策に関連するものもいくつか見られます。
清水)2007年当時、自死遺族支援全国キャラバンでのご遺族の声は、柴田さんの心をそれほどまでに動かしたのですね。
柴田)その通りです。
それまでの自殺対策は、いわゆる「うつ病対策」が中心で、「医療機関に来てくれれば、診ますよ」というスタンスでした。しかし、実際にご遺族の声を聞いて分かったのは、亡くなった方々は病院に行く気力さえ奪われるほど追い詰められていたということ。
周囲に相談できず、孤立し、八方塞がりの中で亡くなっていく。その背景には、経済的な苦境や家族の問題など、複雑な社会的要因が絡み合っていました。
清水)そうですね。基本法ができる前、自殺は「個人の問題」とされ、「うつ病対策」に留まりがちでした。
柴田)「来れば診る」ではなく、社会の側からリスクに気づき、手を差し伸べる「社会モデル」への転換が必要だとはたと気づかされました。
専門家だけで対応するのではなく、普通の人たちが「あの人、少し様子がおかしいな」と気づき、専門家に繋いでいく。
この「気づき」と「繋ぎ」こそが対策の核心であるという認識は、あの日、ご遺族の涙に触れたからこそ確信に変わったのです。
清水)リスクの高い人を専門家が診る「医療モデル」はもちろん大切です。しかしそれだけでなく、「社会モデル」との両面からのアプローチが自殺対策において非常に重要です。
あの頃は、政策決定の現場である国会や霞ヶ関に現場の「事実」を何とかして理解していただくため、勇気をふり絞って体験を語る決意をしてくれたご遺族の生の声をシンポジウムで届けたり、「3万人」を体感していただくために私自身が撮影した東京マラソンのランナーの映像を流したりしました。
柴田)都庁から3万人を超えるランナーが陸続として走り出す映像は、「こんなに沢山の方が亡くなっているのか」と本当にショックでした。
施策を現場に根付かせる。自治体の「御用聞き」の役割
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清水)基本法では「自殺は社会の問題である」と再定義されました。「政府全体で取り組み、社会全体でいのちを支える」という当時の理念は、社会に根付いたと感じられますか?
柴田)政府が基本法に基づいて自殺総合対策大綱を定め、施策の「フレームワーク」を作るという意味では根付いたと思います。
しかし、フレームワークの運用面ではまだ課題があると思います。現場で住民に一番近い市町村レベルでうまく回っているかというと、担当者が一人で様々な業務を抱える中、どうやって対策を進めればいいのかと悩む市町村も多いはずです。
最後は地域の住民を巻き込み、助け合う仕組みをつくらなければなりませんが、それにはまだ時間がかかるでしょう。
清水)おっしゃる通りです。
2016年の自殺対策基本法改正で全自治体に地域自殺対策計画の策定が義務化されましたが、義務化だけでは現場の負担になるだけです。
そこで、国からのデータ提供(自殺実態プロファイル)、基金から交付金への切り替えによる安定的財源の確保を働きかけ、首長に対するトップセミナーも並行して行いました。
柴田)なるほど。自治体が動くための裏付けをしっかり用意したのですね。
清水)はい。そして何より、市町村を含めた自治体を直接支援するための「安定的な組織」が必要だと痛感し、2019年にJSCPを立ち上げて、2020年には厚生労働大臣指定法人としての指定を受けました。
現場の課題を拾い上げ、必要な研修を設計したり情報提供を行ったり、自治体の御用聞きのようにして計画づくりを後方から強力に支える。政策のフレームワークはそれができただけで機能するわけでなく、それを現場に根付かせる取り組みが必要で、それをJSCPが担っています。
柴田)自治体が自殺対策に取り組むうえで負担を和らげる仕組みなのですね。
清水)JSCPのような中間支援組織の重要性は、一般にはなかなか理解されにくいものです。しかし、JSCPがあることで自治体の自殺対策事業が生きたものとなり、予算もより有効に活用されるようになると確信しています。
柴田)フレームワークができた後に、現場に近い都道府県や市町村で施策がうまく回っていくこと。それが、一番難しいことだと思います。
清水)JSCPの成果を実証することで、他の分野でも「自治体を支援する組織があった方が現場に支援が届きやすい」という理解が広がってほしいと思っています。
先生を孤立させない。専門家チームと地域全体で支える「こどものいのち」
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清水)現在、喫緊の課題は「こどもの自殺」です。2025年の小中高校生の自殺者数は538人で、過去最多を更新しました。
こどもの自殺は、原因や動機が十分には解明されておらず「見えにくい」状況にあります。かつて自殺の実態が、ご遺族の声によって可視化されたように、見えにくい危機への対応において何が重要だとお考えでしょうか。
柴田)学校主導の調査だけでは限界があるように思います。
だからこそ、生きづらさを抱えるこどもたちが集まれる「民間団体」から声を吸い上げることが重要です。
行政の調査と現場の肌感覚の「裏表」を一体的に把握する必要があり、清水さんたちJSCPが橋渡し役となって、民間団体の声を行政の施策に繋げていくことが今まさに求められているのではないでしょうか。
清水)現在、こども家庭庁のもとで、ようやく省庁横断的な対策が動き出しています。
2026年4月から改正法に基づき、学校だけでなく地域の専門家が加わる「協議会(サポートチーム)」の枠組みが本格始動します。
柴田)それは具体的にどういう仕組みなのですか?
清水)これまでの学校現場では、先生がこどものSOSに気づいても、「気づいたら自分たちだけで解決しなければならない」という重圧がありました。
その結果、無意識のうちに「気づきたくない」という心理が働いてしまうこともあります。
柴田) 先生を孤立させてしまっていたわけですね。
清水)このチーム(協議会)ができることで、先生は「リスクに気づくこと」に注力し、その後は専門家チームのアドバイスを受けながら地域全体で包括的に支援できるようになります。
長野県でのモデル事業では、支援に入ったケースのうち、一人も亡くなっていません。
「先生を孤立させない」ことが、結果として「こどものいのちを救う」ことに直結する。この理念を、今度は全国に実装していく段階に入っています。
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「自殺対策」を「防災」のように日常へ。誰もが支え合える社会へ
柴田)清水さんのお話を聞いて、改めて「原点」の大切さを感じました。
私がかつて三重県で認知症対策に関わっていた際、専門家の目だけでなく、周りの人たちが「おじいちゃん、少し変だね」と気づくことが、物事が動く最初の一歩だと実感しました。
自殺対策も全く同じです。ただ、「自殺対策」というテーマだけでは、住民は自分事として行動しにくい。
だからこそ、例えば「防災訓練」のように、お隣さんと「どう助け合うか」を自然と気にする機会を入り口として活用する。
特別なことではなく、そうした既存の取り組みに乗せる形で、地域の中に互いを「気にかける」精神風土をつくっていく。
そこまでできて初めて「地域でみんなで支える」形が完結するのだと思います。
清水)まさにその通りですね。自殺対策を突き詰めて深めていくと、「誰もが安心して生きられる社会づくり」そのものだという結論に行き着きます。
20年前に柴田さんと一緒に種を蒔いた「官民連携」の精神は今、地方自治体という現場で根を張り始めています。
かつて大人の自殺対策で得た教訓を、「こどものいのちを守る」ために展開することが重要です。
柴田)清水さんのその熱量は、20年前と少しも変わっていませんね。私も当時、「究極の福祉」の姿とも言える自殺対策に政策統括官として関われたことが、本当に忘れ難い思い出です。
50代に入り、無理もきかなくなる時期でしょうが、この国の自殺対策の「ハブ」として、これからも走り続けてください。心から応援しています。
清水)ありがとうございます。柴田さんのように、「限界の壁」を恐れず、常に現場のいのちを最優先に考える姿勢を、私たちはこれからも受け継いでいきます。
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