調査・研究等

国際自殺予防学会(IASP)アジア・太平洋地域大会参加報告 & 職員インタビュー

2024年7月17日


国際自殺予防学会(IASP)とは

1960年に創設された国際自殺予防学会(International Association for Suicide PreventionIASP)は、世界保健機関(WHO)と公式な協力関係にある組織であり、自殺対策に関わる、世界79か国の関係者から構成されています。IASPは、エビデンスに基づく自殺対策推進のための研究成果や取り組み事例の共有、また国をこえた協力関係を築く場として、国際大会とアジア・太平洋地域大会を1年おきに開催しています。




「第11回 国際自殺予防学会(IASP)アジア・太平洋地域大会」が2024年6月3日から4日間、タイの首都バンコクにて開催され、37か国から295名が参加し(大会事務局発表)、JSCPからも4名が参加しました。参加者は大学・専門組織の研究者や精神科医、心理職、教育関係者のほか、行政職員や電話相談など自殺対策にかかわる実務家、メディア関係者や自死遺族などでした。研究発表、シンポジウム、ポスターセッション等、演題は計167に上り、学際的な雰囲気の中、自殺予防・自死遺族等支援に関する様々な研究結果や取り組み成果が発表されました。

IASP-2024-01.jpg会場となったバンコク・ランドマークホテル

JSCP関係者の発表

2023年にIASP「リンゲル活動賞」を受賞している代表理事の清水は、国家レベルの自殺対策政策に関する知見を共有する2つのセッションに登壇し、下記の演題で発表しました。いずれのセッションも、国際的・地域的協力を促進することを目的としており、韓国、台湾、マレーシア、香港など、国や地域をこえたベストプラクティスを探ろうとする試みです。

▶「Systematic Suicide Countermeasures: Policy, Intervention, and Community in Japan(日本における体系的な自殺総合対策:政策、介入、地域社会)」
▶「The Basic Act on Suicide Countermeasures as a Societal Structural Approach(社会構造的アプローチとしての自殺対策基本法)」

清水は、日本の自殺対策の政策的な枠組み作りに関わってきた経験を踏まえて、自殺対策を社会作りとして推進するための法的根拠である「自殺対策基本法」の目的や理念等について説明し、あわせて、同法を土台として設計されている自殺総合対策の仕組みや工夫されている点などについて解説しました。
セッション後は、「自殺対策基本法」が成立するまでの政治的イニシアチブに関する質問や、地域連携の取り組み等に関し、様々な質問が寄せられました。

IASP-2024-07.jpg発表する代表理事・清水 IASP-2024-06.jpg同じセッションの登壇者と

また、調査研究推進部/自殺総合対策部の分析官である谷貝祐介も、こどもの自殺に関する口頭発表を行いました。

▶「Exploring Factors and Countermeasures of Adolescent Suicide: An Analysis of 5-Year Student Suicide Reports in Japan (日本におけるこどもの自殺の多角的な要因分析に関する調査研究)」

同じセッショングループの4人の若手研究者は香港、オーストラリア、イギリス、カナダから参加しました。いずれもこども・若者の自傷行為や自殺対策に関する研究成果について発表し、発表後もそれぞれの研究について熱心な質疑応答と交流が行われました。
谷貝のインタビューは記事後半に掲載)

発表の合間のランチやティータイムでは、タイの地元食材がふるまわれ、参加者は、各国の自殺対策の現状の共有や、研究に関する意見交換などを行い、交流を深めました。

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同じセッションの発表者と
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休憩時間に他国の参加者と情報交換をする
JSCP自殺未遂者支援室長・青木藍(中央)
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会場では軽食のサービスなど、
参加者同士の交流を促す工夫がされていた

多様なテーマ

自殺に関する報道・情報が受け手に与える影響に関する研究では、テレビ・新聞といった伝統的なメディアに関してだけでなく、ソーシャルメディアなど新しいメディアに関する研究も各国で進められており、それらに関する最新の取り組み等が発表されました。近年のソーシャルメディアの勃興がこども・若者の自傷行為等に与える影響の研究や、グローバルなメディア企業と協働してのウェブ広告を使った自殺予防・相談の取り組みなどに関する発表も、注目されていました。

また、アジア・太平洋地域大会ならではの文化的側面を取り上げたシンポジウムや発表も多くみられました。東アジアや東南アジア諸国の文化的価値観で、面子(めんつ)を非常に重んじるとされる「フェイス・カルチャー」が自殺予防に及ぼしうる影響に関する講演や、宗教的な観点からの自殺予防の介入等もシンポジウムのテーマとなっていました。

前大会に引き続き、オーストラリアの先住民族であるアボリジニやトレス海峡諸島民のウェルビーイングに関するシンポジウムや講演も複数ありました。先住民族は、その差別や迫害の歴史から文化・アイデンティティの欠如に起因するトラウマやメンタルヘルス上の課題を多く抱えているといわれています。15歳から34歳のアボリジニおよびトレス海峡諸島民の主な死因は自殺であり、自殺死亡率はオーストラリア人全体のおよそ2倍に上ることから、自殺を防ぐためのコミュニティを通じた介入や自死遺族等支援のプログラムについても発表がありました。

◆JSCP職員インタビュー◆
IASP
アジア・太平洋地域大会で研究発表した分析官・谷貝祐介
「数字の裏にある、亡くなった方一人一人の人生に目を向けたい」

今回の国際自殺予防学会(IASP)アジア・太平洋地域大会では、分析官の谷貝祐介が、JSCPがこども家庭庁の委託により2023年度に実施した「こどもの自殺の多角的な要因分析に関する調査研究」の概要について発表しました。(調査の詳細は、こちら)。
調査実施の背景には、2022年に小中高生の自殺者数が、過去最多の514人となったことなど、こどもの自殺が深刻な状況があります。
谷貝に、学会発表を通して感じたことや、JSCPでの仕事、自殺対策への思いなどについて聞きました

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【略歴】
谷貝祐介(やがい・ゆうすけ)
1993年、茨城生まれ。2014年より、早稲田大学人間科学部および同大学院にて、熟練のリズム運動を支える身体協応に関する研究に従事。博士(人間科学)。2021年より、株式会社ARISE analyticsにて、通信会社向けの施策効果検証業務に従事。因果推論や機械学習を含む幅広い分析を経験したのち、2023年12月より、JSCP分析官。



学会での発表を通して感じたことは?

谷貝)私の発表後、同じくこどもの自殺の増加が深刻なマレーシア、台湾、香港、韓国などの研究者や民間団体関係者が、熱心に感想を伝えてくれたり、助言をくれたりしました。「参考になりそうだから」と、論文を山ほど送ってくださった著名な研究者の方もいました。

会場ではランチや休憩時間などにも、参加者同士が交流できる場が多く設けられていました。各国からの参加者との交流を通し、社会問題の解決のために各自が持っている知見を惜しみなく共有し合い、「みんなで解決していこうという」という強い思いを受け取りました。私に論文や助言をくださったのも、日本の自殺の状況を少しでも良くしてほしいという期待の表れだと受け止めています。

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こどもの自殺について情報交換をする中で、各国のこどもの自殺者数が増加しているという事実は共通していても、その背景にある事情は全く異なることが分かりました。このことから、社会文化的な背景をきちんと見ていくことなしに、有効な自殺対策はできないのだと感じました。パソコンに向かって分析をしていると、数字だけを追いかけがちになり、数字の裏にある故人やご遺族お一人お一人の悩みや苦しみ、人生が見えにくくなることがあります。しかし、亡くなった方が「何に悩み、どうやって死に至ったのか」に目を向け、丁寧に分析していくことの重要さを改めて感じる貴重な機会となりました。

JSCPでは、いつから、どんな業務をしていますか?

谷貝)2023年12月に入職してから、先ほどお話したこどもの自殺の要因に関する分析や、妊産婦の自殺に関する分析、自殺報道に関する分析などに従事してきました。

JSCPに入職する前は、何をしていましたか?また、自殺対策にかかわるきっかけは?

谷貝)大学院の博士課程では、自殺対策とは異分野の、人の運動に関する研究・分析を行いました。プロドラマーの熟練運動を解析してリズム運動の秘訣を明らかにする研究で、2023年度に博士号を取得しました。

博士号を取るまでの間、3年間は民間の通信会社でデータアナリストとして働いた経験もあります。その会社が提供するサービスの入会者をいかに増やし、退会者をいかに抑制するかを、効果検証のアプローチで分析しました。

自分の分析スキルの基盤は、この3年間で培われたと思っています。しかし日を追うごとに、最終的なアウトカムが「お金」になるような分析にモチベーションが保てなくなっていきました。そこから、せっかく培ってきた分析スキルを、社会のために役立てる方法はないかと思うようになりました。

そんなとき、JSCPの「分析官募集」の求人を見つけました。これまで自殺対策にかかわったことがなかったので、自分にできるか不安もありましたが、「考えるよりも、まずは飛び込んでみよう」と、思い切って応募しました。

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JSCPで働いてみて、どうですか?

谷貝)自殺対策の最前線の組織であり、自分が携わった分析が公の報告書として公開されるなど、社会を変えることに直結した、あるいは変えられる可能性を秘めた組織であることを実感しています。その点が怖くもあるのですが、分析官としては大きなやりがいを感じています。

最近、SNS分析を行う機会があり、SNSへの投稿を「死にたい」「自殺」などのキーワードで検索してみると、悩みや苦しみを抱える方々の声が本当にたくさん出てきました。今の私の立場では、今すぐにこの方々に手を差し伸べることはできません。しかし、分析官として少しずつ着実にエビデンスを蓄積していくことで、事業者らを巻き込み、将来的には苦しみを抱える方々をリアルタイムで支えることができるような仕組みを作っていきたい。そう思いながら、日々の業務にあたっています。