職員紹介
【職員インタビュー】自死遺族等支援室長/地域支援室長:菅沼舞
「こどもたちに『世の中捨てたもんじゃない』と伝えたい」
――父を救えなかった絶望から、社会への信頼を取り戻した20年
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〈プロフィール〉
菅沼 舞(すがぬま・まい)
福岡県出身。2004年、高校3年生の時に父を自死で亡くす。2007年、「自死遺族支援全国キャラバン」の官民合同シンポジウムに自死遺族として登壇。大学卒業後、民間企業で営業職として5年間勤務後、2014年からは一般財団法人「あしなが育英会」にて、親を亡くした大学生や留学生の生活面・心理面のサポートに携わる。2020年9月、JSCPに入職し自死遺族等支援室長を務め、2022年4月から地域支援室長も兼務。
──菅沼さんの業務について、教えてください。
菅沼)自殺総合対策部・自死遺族等支援室長と、地域連携推進部・地域支援室長(北海道・東北ブロック担当)を兼務しています。
自死遺族等支援室の役割は、自死・自殺に対する社会的偏見を取り除き、全国どこにいても自死遺族等が必要なサポートを受けられる社会環境をつくることです。そのために、地方自治体(都道府県と政令指定都市)が主催する職員研修で講師を務めたり、自死遺族等支援に取り組む民間団体を対象とした意見交換会・交流会を企画・実施したりしています。
2024年9月には、地方自治体や民間団体の支援者向けの『自死遺族等を支えるために 総合的支援の手引(改訂版)』を公開しました。改訂作業は、参考資料として国内外の遺族支援に関する手引を広く収集するところから始まり、国内の取り組み事例を充実させたほか、自死遺族等支援に関わりのある有識者の意見を反映しながら、2年半かけて行いました。
地域支援室長としての業務は、「いのち支える自治体コンシェルジュ」として、自治体の自殺対策担当者が地域自殺対策計画の策定・見直しをはじめ、自殺対策事業全般について抱える悩みや困りごとに寄り添い、どうすれば実現できるかを一緒に考えることです。2026年度からは北海道・東北ブロックを担当しており、出張も含めて各自治体担当者との「顔の見える関係づくり」に努めています。
──JSCPで働く前は、どんなことをしていましたか?
菅沼)前職は、「あしなが育英会」が運営する、親を亡くした大学生が暮らす学生寮で、指導員を6年間務めました。約70人の学生が暮らす寮で、一緒に募金活動やキャンプなどのさまざまなカリキュラムを行ったり、学生たちが抱える多様な課題に寄り添う生活支援を行ったりしました。
具体的には、卒業後に住む家を一緒に探したり、メンタルヘルス不調で通学が困難になった学生に付き添って大学の学生支援室に行ったり、生活保護など行政窓口への相談に同行したりするなど、福祉的な伴走支援を多く行いました。一人では抱えきれない課題に一緒に向き合う、いわば「親代わり」のような役割でした。
──自殺対策に関わるきっかけは?
菅沼)きっかけは、高校3年生の時に父を自死で亡くしたことです。「人生が終わった」かのような絶望、将来への不安が押し寄せてきました。大学進学のためあしなが育英会の奨学金を借りることになり、そこで同じ境遇の先輩たちに出会って、苦しみを抱えながらも生きていく姿を見て、少しだけ生きる希望を見出すことができました。
一方で、父を救えなかった自分への怒りや悔しさ、社会への憤りを抱え続けていました。「自分自身や遺された家族も含め、今後、また父のように誰かが追い込まれるようなことがあったとしても、自分には何もできないのではないか」という無力感が根底にありました。当時の私にとって、そんな思いを発信できる場が、自殺対策でした。
あしなが育英会の活動で知り合った自死遺族等支援に取り組む先輩方とのつながりの中で、NPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」代表の清水康之さん(現在、JSCP代表理事を兼務)に出会いました。清水さんは当時福岡の大学に通っていた私に会いに来てくださり、「お父さんが亡くなった過去や救えなかったという後悔の気持ちは変えられない。けれど、あなたの経験が、お父さんと同じように追い込まれた末に亡くなってしまう人たちを一人でも減らせるかもしれない。一緒にこの社会を変えよう」と言いました。
当時は自分に何ができるかなど全く分かりませんでしたが、「(お父さん、お母さんに)死なないでほしい」「目の前に苦しんでいる人がいたら助けてほしい」という心の叫びを伝えたい一心で、自殺対策の活動に関わることに決めました。2006年6月の自殺対策基本法成立と2007年6月の自殺総合対策大綱の閣議決定を受けて、ライフリンクが2007年~2008年に開催した「自死遺族支援全国キャラバン」が、最初に参加した活動でした。キャラバンのキックオフとして東京ビッグサイトで行われた官民合同シンポジウムで、自分の体験を語りました。
全国キャラバンのテーマは「自殺を『語ることができる死』へ」。当時は父の死を思い出すのがつらく、泣きながら話したのですが、あの場では不思議と「あったかい」と感じたのです。会場を見ると涙ながらに聞いてくださる方がたくさんいて、「自分の話をこんなに一生懸命聞いてくれる人がいるんだ」と一体感を覚えました。![]()
──20年前を振り返って、今感じていることは?
菅沼)2026年は、2006年の自殺対策基本法成立から20年の節目の年です。この20年を振り返ると、自死遺族等を取り巻く環境は少しずつですが変化しつつあるように感じます。当時は「自殺」と言ってはいけない、隠さなければいけないという社会の空気が強く、私自身も親戚から(家族外では)「心筋梗塞だった」と言うように言われていました。友人らに嘘をつくことで後ろめたさを感じ、父の死に触れられないように人と距離を置くなど、人間関係が一変してしまうことが大きな苦しみでした。
当時は「自死遺族」という言葉さえ一般的ではありませんでしたが、その後徐々に浸透し、最近はSNSなどで自ら「自死遺族」と名乗り発信する投稿を目にする機会も増えました。「自殺は誰の身にも起こりうる」という考えが以前よりも広まり、社会が、痛みに少し優しくなってきたと感じます。その背景には、自殺対策基本法で自死遺族等支援の必要性が謳われ、広く啓発や研修が行われた影響が大きいのではないかと考えます。同時に、同法によって自死遺族等支援が自治体の責務となり、継続的な支援の枠組みが構築されたことで、実際に支援を受けられる自死遺族等が増えたことも大きな変化です。
一方で、自殺に対する誤解や偏見は依然として存在しており、取り組むべき課題は残されています。
──自殺対策への思いや、今後取り組みたいことは?
菅沼)JSCP発行の『自死遺族等を支えるために 総合的支援の手引(改訂版)』を、より多くの支援者の方々に届けていきたいです。海外では、警察・消防・医療といった分野ごとのマニュアルやガイドラインもあり、それらの内容を参考に、必要に応じて日本の各現場の実情に即した実践的な内容へブラッシュアップしていくことも大切だと感じています。
また、個人的・将来的なビジョンとしては、「家族単位の支援」にも関心があります。こどもを守りたい気持ちから親が本当の死因を話せないことも多い一方で、後から突然事実を告げられたこどもは、事実を知るショックに加えて、親に「裏切られた」と感じる場合もあります。海外では、そこに第三者が入ることで家族が安心して故人について語り合えるようにするプログラムがあります。日本でもこうした仕組みづくりを進めることができないか、模索していきたいです。
20年前、父を救えなかった悔しさと罪悪感、無力感を何とか払拭したくて自殺対策に関わることになりましたが、20年経った今も、悔しさと罪悪感が消えたわけではありません。自殺対策に深く関わり、その効果を実感すればするほど、逆説的に「父を救えたのではないか」という思いが強まることがあるのです。一方、この20年間に、誰かを救うために真剣に動く方々や、温かく支えてくれる方々に多く出会い、「世の中捨てたもんじゃない」と思えるようになりました。徐々に社会への信頼を取り戻す中で、無力感は小さくなっていきました。
また、この20年間で自殺対策が「死を食い止める」ことのみならず、生き心地のよい「社会づくり」に広がってきたことにも、大きな希望を感じています。父が亡くなった年齢に近づいてきた今、父が生きることができなかったこの社会で、これからの若い世代が「世の中捨てたもんじゃない」と思えるような大人の背中を、今度は私が見せていきたいです。
【自治体関係者の皆様へ】
本記事の内容を施策検討や庁内研修にぜひご活用ください。JSCPでは、各都道府県・政令指定都市の実情に応じた自死遺族等支援の体制構築や、実務者向け研修の企画支援を行っています。具体的な進め方については、地域連携推進部の担当者まで直接ご相談ください。
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