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2023年6月27日「いのち」を支えるためメディアができること 秋田魁が16年続ける自殺対策キャンペーン報道

「Yahoo!ニュース エキスパート」で2023年6月27日に公開した記事を転載しています。

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近年、有名人などの自殺がセンセーショナルに報じられた後に自殺者数が増える「ウェルテル効果」への注目が高まり、特に2020年以降にメディアやプラットフォーマーの対策が進んでいる。一方で、16年前から地域の自殺を減らすための報道を粘り強く続けてきた報道機関がある。秋田市に本社を置く秋田魁新報社(以下、「秋田魁」)だ。秋田では長年、自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)が全国で最も高い状況が続いたが、対策により半減した。秋田の自殺対策をけん引してきた秋田市のNPO法人・蜘蛛の糸の佐藤久男理事長は「秋田の自殺対策において、秋田魁の果たしてきた役割は非常に大きい」と評価する。この記事では、自殺について語ることがタブー視されてきた地域で、秋田魁が取り組んできた、タブーを壊すための挑戦の軌跡を紹介したい。

秋田魁の創刊は1874年で、全国で4番目に古い歴史をもつ。県内発行部数は約20万5000部で、県内の世帯数に対する普及率は約50%。県内の市場占有率は8割近い(同社のホームページより)。

秋田県の自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)は、1963年以降は全国を上回る状況が続いている。最も高かった2003年は44.6で、全国との差が過去最大の19.1ポイントまで拡大した。その後対策が本格化する中、2020年には1.6ポイント差まで縮小した。しかし。新型コロナウイルス感染症の影響とみられる揺り戻しがあり、2022年には5.2ポイントまで再び差が広がった。

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人口動態統計より作成

自殺に対する誤解や偏見は、都市部よりも人間関係が濃密な農村部で強まる傾向にあるとされている。自殺や精神疾患への誤解や偏見が強い地域では、悩みを抱えた人は周囲や相談機関につらさを打ち明けられず、孤立し追い込まれやすい。

秋田魁がキャンペーンを開始した当時、取材班は3人。取材班キャップだった高橋雄悦さんとメンバーだった吉田新一さんによると、2007年当時、県内では自殺に対する誤解や偏見が根強くあり、「自殺」という言葉を使うこと自体をタブー視する雰囲気が強くあったという。


キャンペーン開始は、1本の特報記事から

秋田県の自殺率は、1995年から全国で最も高い状況が続いていた。そのため秋田県と秋田大学は、全国に先駆け2001年から自殺対策モデル事業を開始した。しかし2003年には自殺率が過去最多の44.6に。その後2年連続で減少し一定の効果があったとみられたが、2006年には再び増加に転じ、12年連続で自殺率が全国最多となって県内の関係者に衝撃を与えた。
その年、自殺を「社会の問題」と位置づけ、自殺対策への取り組みを自治体の「責務」とした自殺対策基本法が制定された。

秋田魁は、翌年の2007年に自殺対策のキャンペーン報道「支え合う『いのち』」を開始した。県内では、モデル事業が行われた地域では自殺者数の減少傾向がみられたが、その他の自治体では減少が見られていなかった。対策を「点」ではなく「面」として展開するには、市町村の取り組みが鍵を握る。そう考えた同社社会部の取材班は、2007年7月、全25市町村を対象にアンケート調査を実施し「自殺予防 6市町 予算ゼロ」と題した記事を掲載した。
その直後、年間予算がわずか11万円だった秋田市は、30倍以上の340万円を補正予算案に計上することを発表。県も対策費を補正予算に計上し、全市町村で自殺対策に取り組むとした。

「書けば増える・・・」懸念の声も

キャンペーン開始前、同社内外では「書けば(自殺が)増える」「(自殺を)誘発する」のではないかという懸念の声があったという。一方で、身近な人を自殺で亡くしている人も少なくない、「人ごとではない」という思いも強くあった。
報道には慎重さが求められ、取材班では、WHOが2000年に初版を発行した自殺報道に関するガイドラインを参考に取材を進めてくことになった。

そのWHO自殺報道ガイドライン(2017年版)では、「責任ある報道」として、「自殺と自殺対策についての正しい情報を、自殺についての迷信を拡散しないようにしながら、人々への啓発を行うこと」との記載があり、以下のように記されている。

<自殺に関する迷信と事実>

迷信:自殺について語ることは良くない考えであり、自殺を助長するものと捉えられてしまう可能性がある。

事実:世間に広く存在する自殺への偏見を考慮すると、自殺を考えている人の多くは誰にそのことを話せばいいのかわからない。隠し立てせずに自殺について語り合うことは、自殺関連行動の助長ではなく、その人に自殺以外の選択肢や決心を考え直す時間を与えることができる。結果として、自殺を防ぐことにつながる。

同社では、社説などを通し、「自殺は個人の問題ではなく、社会の問題である」ことを繰り返し伝え続けた。取材班は、市町村予算の特報直後から「支え合う『いのち』抜け出せ自殺率全国ワースト」と題した全26回の連載をスタート。その後も、県内の自殺対策の検証、自治体や大学の取り組み、民間団体の活動紹介など、広範囲の話題を取り上げ続け、随時連載も掲載していった。


新聞記事の切り抜き、握り締め・・・

キャンペーン開始後間もなく、自殺に関する記事に相談機関の連絡先を積極的に載せるようになった。今でこそ、自殺報道で相談窓口の情報を併記するメディアは増えたが、当時はほとんどなかった。

「蜘蛛の糸」の佐藤理事長によると、相談窓口の情報が書かれた新聞記事を握りしめてやってくる相談者が何人もいた。中には、大切に保管してきた1年前の新聞記事を手にやって来る相談者もいたという。当時取材班キャップを務めた高橋さんも、「相談先の情報が必要とされているという手ごたえがあった」と振り返る。

 

民間団体をエンパワー

取材班は日頃から、自殺対策に取り組む民間団体を取り上げる記事を、積極的に掲載していった。団体の代表や職員にスポットを当て、活動を紹介するものだ。自殺の要因は複雑であり、対策をすればすぐに効果が表れるというものではない。時には支援した人が亡くなってしまうという過酷な現実に直面することもある。

そんな中で、「秋田魁が民間団体の活動を継続的に取り上げることが、民間団体の励みとなり、前に進む大きな力となってきた」と、蜘蛛の糸の佐藤理事長は言う。高橋さんも、「民間団体に励みとしてもらえるような記事を書くことが、秋田の自殺対策の推進につながると常々意識しながら記事を書いていた」と語る。

 

社全体、地域全体で、地域の課題に向き合う

秋田魁のキャンペーンの特徴の一つは、編集局だけでなく、営業局など社全体として地域の課題解決に取り組んできたことだろう。2007年からは営業局が、同社主催の自殺対策に関するフォーラムを開催。全国から自殺対策に関わる人々を招き、自殺対策に取り組む報道機関としての立場を明確に示した。

2013年~2017年には、県内25市町村を巡回する「さきがけいのちの巡回県民講座」を開催。県や秋田大学、県医師会の専門家だけでなく、各市町村の自殺対策担当者や、地元の民間団体関係者らが参加するパネルディスカッションを企画するなど、専門家と地元とのネットワーク構築に一役買った。講座の記録を協賛企業名と共に紙面に掲載し、地域課題の解決に企業も巻き込んでいった。

近年は全国的に子どもの自殺が深刻化していることを受け、2018年からは営業局が中心となり、県内の中学校で「SOSの出し方講座(生徒向け)」「SOSの受け方講座(教師・保護者向け)」を開催している。

 

「地方紙は、”書き逃げ” ”書きっぱなし”では終われない」

キャンペーン開始当初からの取材班メンバーだった吉田新一さん(現営業局次長)は「特別なことをしてきたわけではなく、長く続けてきただけ」と言う。しかし、筆者は全国紙で18年間記者として働いた経験から、概ね2年ごとに部署の異動や転勤がある中で、一つのテーマを追い続け、書き続けることがいかに難しいか、実感をもって分かる。蜘蛛の糸の佐藤理事長は「地元で影響力を持つ新聞社が、報じ続けることに大きな意味がある。秋田では20年前、自殺について語ることはタブーだったが、今は大きく変わった」と評する。

取材の中で、地方メディアが果たす役割を考える上で印象に残った言葉がある。自殺問題は繊細なテーマであり、特にご遺族への取材などでは、記者はどこまで踏み込んで話を聞いてよいか悩む場面がある。筆者がそのことを質問すると、吉田さんは「狭い秋田で秋田のことを書くということは、逃げ隠れはできないということ。地方紙は、”書き逃げ”はできないし、”書きっぱなし”では終われない。だからこそ鍛えられるし、覚悟を決めて書くんです」。

全国では、減少傾向にあった自殺者数がコロナ禍の2020年に増加に転じた。秋田県ではその後も踏みとどまっていたが、2022年に大幅に増加した。「コロナの影響が都市部より一足遅れて顕在化してきている」と、佐藤さんは危機感を強め、策を練る。地域と共に、秋田魁の挑戦も続く。



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