啓発・提言等

「第3回 自殺報道のあり方を考える勉強会~自殺を減らす報道・放送への挑戦~」を開催しました

2023年1月11日

JSCPは令和4年9月3日(土)、メディア関係者やプラットフォーム 事業者などを対象とした「第3回 自殺報道のあり方を考える勉強会~自殺を減らす報道・放送への挑戦~」をオンラインで開催しました。関係者が本音で意見交換できるよう参加者をメディア関係者らに限定し、全国の新聞社やテレビ局、ネットメディア、ニュースプラットフォームなどから約80名が参加しました。
自殺報道を巡っては近年、自殺報道後に自殺者数が増加する「ウェルテル効果」を防ぐための取り組みだけでなく、報道が自殺を抑止する「パパゲーノ効果」を意識したメディアの積極的な取り組みが展開され始めています。本勉強会では、令和4年5月の有名男性タレントの自殺報道に関するJSCPの分析結果を公開した他、「パパゲーノ効果」をテーマとしたNHKと毎日新聞社の先進的な取組事例をご報告いただきました。

■プログラムはこちら
■勉強会後の参加者アンケートの概要は、こちら


<開会の挨拶>
 JSCP代表理事 清水康之

勉強会ではまず、JSCP代表理事の清水康之が「この勉強会を、メディアの方々に自殺報道の『べき論』を押し付ける場ではなく、今後の自殺報道をどうしていけばよいかを一緒に考える場にしたいと思っている」と挨拶しました。

清水康之.pngJSCP代表理事の清水康之

続けて、清水自身が元NHKの報道ディレクターであり、NHK在職中の平成13年から親を自殺で亡くした自死遺児の取材を続けてきた経験を振り返り、次のように話しました。
「(取材を通し、)『自殺は決して個人の問題ではなく社会の問題であり、社会全体で対策を続けなければならない』と強く感じたが、自殺対策基本法(平成18年施行)もまだなかった当時は、自殺対策が社会的な問題として取り組まれることはなかった。自死遺児の番組を企画するたびに上司から『これは、何が新しいんだ?』『今放送する意味があるのか?』と問われる中、平成15年から9月10日が『世界自殺予防デー』となったことに目を付け、関連イベントを取材しようとした。しかし、当時は目立ったアクションを一つも見つけることができなかった。その経験が、私自身がNHKを退職し、平成16年に自殺対策のNPO法人『ライフリンク』を立ち上げて現場に入るきっかけの一つだった」
ライフリンクはその後、「自殺対策の法制化を求める3万人署名」(結果10万人分集まる)を企画・展開して、平成18年の「自殺対策基本法」成立に貢献しました。

清水は平成21年、内閣府参与として政府の自殺対策の立案に携わった際、メディアが自殺問題を取材しやすくなる「タイミング」を作るため、日本で例年自殺者数が最も増える3月を「自殺対策強化月間」とすることを提案し、実現させました。

挨拶の最後に、「私自身は今、取材して放送することができる立場にないが、自殺対策の現場から情報を発信することはできる。ぜひ皆さんに現場から発信する情報を社会に伝えていただき、我々も皆さんに自殺報道について適切な形で報道してもらえるよう、後押しさせていただきたい。それを一緒に考える場にしたいとの思いから、この勉強会を継続的に開催している。この後お話するJSCP広報官の山寺も元新聞記者だった。我々は皆さんと立場は違うが、思いは一緒だと思っている。今日の限られた時間ではあるが、一緒にこの時間を充実したものにしていきたい」と話しました。


<JSCP分析結果の報告 「令和4年5月の著名人の自殺報道の検証」>
 JSCP調査研究推進部・分析官 新井崇弘

令和4年5月の有名男性タレントの自殺報道に関する分析

JSCP分析官の新井崇弘が、令和4年5月の有名男性タレントの自殺報道が、自殺者数の増加に与えた影響に関するJSCPの分析結果を報告しました。

新井庹崇弘.pngJSCP分析官の新井崇弘

まず、「令和2年から4年 自殺者数の日次推移」と題したグラフを示しました。グラフは、過去5年間(平成27年から令和元年)の自殺者数の平均値に基づいて算出した「予測値」と、令和4年の実際の自殺者数「実測値」の差を示したもので、0を起点に上振れしている部分は予測値よりも実測値が多かった(超過自殺)人数、下振れしている部分は予測値よりも実測値が少なかった人数を示しています。

新井スライド①.pngこのグラフについて新井は、令和2年7月の有名男性俳優の自殺報道直後と、同年9月の有名女性俳優の自殺報道直後に顕著な自殺者数の増加があったことを説明しました。そして、令和4年5月11日に有名男性タレントの自殺が報じられた後も、実測値が予測値を上回る日が続いていることから、「自殺者数の増加がみられる」としました。

次に、これらの自殺報道について初報日を含む2週間の超過自殺者数を算出してまとめた表を示しました。

新井スライド②.png令和4年5月11日の有名男性タレントの自殺報道後2週間の超過自殺者の総数は235.32人であり、「令和2年7月の有名男性俳優の自殺報道後(超過自殺者数228.48人)とほぼ同等の影響が出たことが分かる」と説明しました。
この自殺報道後の超過自殺者数の内訳を男女別にみると、男性130.18人、女性105.15人で、「女性よりも男性の方で超過自殺者数が若干多い」ことが分かります。これは女性が男性を上回っていた過去3回の自殺報道とは異なる傾向であると言えます。
新井は「これらの結果から、令和4年5月11日の有名男性タレントの自殺報道について、ウェルテル効果がみられた可能性があることが示唆された」と述べました。


その他、令和4年5月11日から2週間の自殺者数を前年同期の自殺者数と比較したグラフも紹介しました。総数および男女別の自殺者数を年齢階級別に示したもので、「総数、男性、女性のいずれも、40歳代と50歳代で前年よりも顕著な増加がみられた」と解説しました。

新井スライド③.png


新井スライド④.png


新井スライド⑤.png新井スライド⑥.pngウェルテル効果に関する実験的分析
また、ウェルテル効果に関する実験的分析として、自殺報道がどのようなメカニズムで自殺者数を押し上げていたのかについて、インターネット検索量を用いた分析を行いました。先行研究をもとに自殺関連用語を選定したうえで、インターネット上での検索量と自殺者数との間にどのような関連性がみられるか主成分回帰分析を行いました。

その結果、自殺関連用語は「自殺全般に対する関心の高まり」と「自殺報道による想起(思い出し効果)」に縮約され、双方が自殺報道後の自殺者数に対してリスク増加的に影響している可能性が示唆されました。また、前者は自殺報道日を含む2日間の瞬間的な影響を、後者は自殺報道後約2週間にわたって持続的な影響を示しました。


新井は、必ずしもこの2つの要因のみによってウェルテル効果を説明できるわけではないことに注意が必要であることを付け加えたうえで、「WHOガイドラインについては著名人の自殺が発生してからその日を含む2、3週間にわたって遵守すべきではないか」と述べました。

新井スライド⑦.png


■これら分析結果の詳細(新井の当日発表資料)は、こちら


<近年の自殺報道を巡る動きと今後の課題>
 JSCP広報官 山寺香

続いてJSCP広報官の山寺香が、令和4年4月に新聞記者からJSCPの広報担当に転職した経験を基に、転職後の約1年半の間に自殺報道に関する考え方がどのように変化したのかについて話しました。また、本勉強会のテーマである「パパゲーノ効果」とは何か、についても説明しました。

山寺香.pngJSCP広報官の山寺香

山寺は、平成15年に毎日新聞社に入社し、記者として自殺対策や子どもの貧困・虐待問題などを取材してきました。令和3年3月に新聞社を退職し、記者時代から自殺対策について取材をしてきた縁で、同年4月にJSCPに入職しました。
■山寺のプロフィールはこちら

 

記者時代には自殺対策に関心を持ち取材をしていたものの、警察取材や官庁取材などの担当業務に追われ、以下のような状況であったと振り返りました。

  • WHO自殺報道ガイドラインの存在は知っていたが、全文をじっくり読んだことはない
  • 自殺事案は突発的に発生する。いざ目の当たりにした時、具体的にどうしたらよいか分からない
  • 自殺報道ガイドラインに従うことは、「報道の自由」の侵害につながらないか…。漠然とした疑問、不安、抵抗感があった

そして、マスメディアから自殺対策に転職し、自殺報道に関して驚いた3つの点について、以下のように説明しました。

①ウェルテル効果の影響って、こんなに大きいの!?
ウェルテル効果は、メディアが有名人などの自殺をセンセーショナルに報じた後、自殺者数が増える現象です。山寺は、「ここ約50年の間に100以上の研究で実証され、高いエビデンスが確立していることを知り、まず驚いた。WHO自殺報道ガイドラインをはじめ、各国で独自に作成されているガイドラインも、これらのエビデンスに基づいているものが多い」と話しました。

次に、令和2年の自殺者数に関する「月次」推移、「日次」推移を表す2つのグラフを示しました。従来より公開されている自殺者数に関するデータは、月次のものです。月次データでは、令和2年の場合、6月~7月と9月~10月にかけて自殺者数が増加していることが分かりますが、何の影響であるかは明確には分かりません。

【山寺スライド①】自殺者数の月次グラフ.jpg
続いて、令和2年の自殺者数の日次データをJSCPが分析したグラフを示し、「7月の有名男性俳優、9月の有名女性俳優の自殺報道があった直後に自殺者数が急増しているのが一目瞭然だった。このデータは私にとって非常にインパクトが大きく、ウェルテル効果の影響が想像以上に大きいことを鮮明に印象付けられた」と語りました。
(※JSCPでは、これらの時期の自殺者数の急増について、「新型コロナウィルスの影響で仕事や生活、人間関係等に関する悩みや不安を抱えていた人たちが、相次ぐ有名人の自殺報道に触れて自殺の方向に後押しされてしまったのではないかと」と考察しています)

【山寺スライド②】自殺者数の日次グラフ.jpg
厚生労働大臣の指定を受けた調査研究等法人であるJSCPは令和2年に事業を開始して以降、一般公開されていない自殺者数の日次データの提供を警察庁から受け、自殺の実態をより詳細に分析しています。それにより、自殺報道の時期と自殺者数の増加の時期の関係を、より詳しく知ることができるようになりました。


②海外ではこんなに取り組んでいるの!?
山寺が驚いたことの二つ目は、海外において自殺報道に関する取り組みが想像以上に進んでいることでした。WHOは、WHO自殺報道ガイドラインを参考に各国・各地域の実情に合わせた独自のガイドラインを作成することを推奨しています。どれだけの国で取り組まれているのかの全体像は不明ですが、JSCPが把握しているだけでも世界十数カ国で作成されています。
一方、日本にはJSCPが把握している限りでは広く参照されている独自ガイドラインはなく、国内のメディア関係者の間ではWHOのガイドラインが広く参照されています。

山寺は、それら各国のガイドラインの中でも特徴的な、オーストラリア「自殺と精神疾患に関する報道―マインドフレームによるメディア関係者のための手引」、アメリカ「自殺報道に関する優良事例と勧告」、韓国「自殺報道勧告基準」の3ガイドラインを紹介し、この3つに共通する特徴として、以下の2点を挙げました。

1.自殺対策団体とメディア関係者らが協力して作成している
2.各国の課題や報道慣習などの実情に合わせ、具体例を含めるなど様々な工夫が凝らされている

(※これら3カ国のガイドラインの特徴の詳細については、「令和4年版 自殺対策白書」の第3章COLUMN4「諸外国の自殺報道ガイドライン」(138~139ページ)に掲載されています。)


③自殺報道に「答え」はないの!?
WHO自殺報道ガイドラインでは、見出しに「自殺」という言葉を入れるべきでないとしています。ならば、見出しではなく本文では「自殺」と報じて問題ないのでしょうか?
例えばこうした具体的な疑問に関する答えは、WHO自殺報道ガイドラインに記載されていません。
転職から間もない時期は、「どこかに答えがあるはず」と考えていた山寺は、研究論文や各国の自殺報道ガイドラインに「答え」を求めました。しかし、資料を読んでも明確な回答は見つからず、次第に「自殺報道はケースバイケースであり、一律の答えはない。これまでに実証されているウェルテル効果の影響を正しく理解した上で、その都度自らが判断する必要がある」と考えるようになっていきました。
とはいえ、「各国の優れたガイドラインでは、その国の自殺を取り巻く状況や報道慣習に合わせ、具体例などを含むより実用的なガイドラインが作成されている。それらを読むことで『やってはいけないこと』『やるべきこと』の理解が進み、判断基準が見えてくるようになった」と語りました。

そして、転職後の1年半の間に認識が最も大きく変化した点として「自殺報道は、報じ方によってこんなにも自殺リスクを高める可能性があることを知り、それを知らずに記事を書いてきたことに怖さを感じた。ウェルテル効果の影響を正しく理解した上で『報じるべきかどうか』『どう報じるか』を判断すべきだったが、それをせずに報道の自由との兼ね合いを気にかけていた当時の自分は、ある意味で思考停止の状態にあったのかもしれない。判断は簡単ではなく、苦悩を伴うこともあるが、その上で判断をすることが『報道の自由』なのではないかと今は感じている」と、話しました。

【山寺スライド③】JSCPがお手伝いします.jpg


その上で、メディアの「判断」に必要なのは上記のスライドに挙げたような情報であるとし、「忙しいメディアのみなさんの『こんなのがあったらいいな』をサポートするのが、JSCPの自殺報道における役割だと考えている」と話しました。そして、JSCPの広報チームには、他にもメディア出身(元新聞社写真部記者)である八木沼卓も在籍していることを紹介しました。


山寺は最後に、本勉強会のテーマである「パパゲーノ効果」について、簡単に説明しました。

【山寺スライド④】パパゲーノ効果とは.jpg

国内外の関連論文等を調べたところ、「パパゲーノ効果」の明確な定義は見つかりませんでしたが、WHO自殺報道ガイドラインや先行研究などに基づきJSCPが整理した「パパゲーノ効果がある」の考え方を紹介しました。そして、「パパゲーノ効果を意識した報道を行う際に迷ったら、参考にしてほしい」と話しました。

【山寺スライド⑤】「パパゲーノ効果がある」の考え方.jpg


<【メディアの取組報告①】特集ドラマ『ももさんと7人のパパゲーノ』の制作について>
 NHKディレクター 後藤怜亜氏

続いて、パパゲーノ効果に着目した特集ドラマ「ももさんと7人のパパゲーノ ~この夏、旅に出た。「死にたい」気持ちと一緒に。~」(NHK総合で令和4年8月20日に放送)の企画・演出を担当したNHKディレクターの後藤怜亜氏が、ドラマを制作した経緯や、制作にあたり留意したことなどについて講演しました。

後藤怜亜.png

NHKディレクターの後藤怜亜氏

後藤氏は、平成22年にNHKに入局し、同28年からEテレ「ハートネットTV」班で番組制作を担当しています。これまでに「生きるためのテレビ~あした、会社に行きたくない~」、「#8月31日の夜に。」、「わたしはパパゲーノ―死にたい、でも、生きてる人の物語―」などの番組やプロジェクトを担当し、約5年半にわたり「死にたい」気持ちを抱えた当事者の取材を続けてきました。今回の特集ドラマには、これらの取材を通して得たことが随所に散りばめられています。

ももさんと7人のパパゲーノ-タイトル写真.jpg

NHK

「ももさんと7人のパパゲーノ」は、「死にたい」と口に出して言うことができなかった主人公のももさんが、ある夏にひょんなことから旅に出て、旅先で「死にたい」気持ちを抱えながらも死ぬ以外の選択をしている7人の「パパゲーノ」に出会い、死にたい自分を肯定していく1週間の物語。

後藤氏はドラマの制作について、「『死にたい』と言ってはいけない、という世の中の空気を変え、安心で安全な状態でそういう気持ちを発することができる空気を作ることを目的とした。『死にたい』の先が『死ぬ』という選択肢ではなく、『死にたい』気持ちを抱えながら生きていくというロールモデルを、ドラマという形で示していきたいと思った」と語りました。

このドラマ制作の特徴として、以下の点を挙げました。

NHKのポータルサイト「自殺と向き合う」に寄せられた約5万件の投稿、5年半の取材の中で知った当事者の方々にとって重要なエピソードや体験・言葉を、劇作家の加藤拓也氏と共有しながら脚本に盛り込んだ

自殺対策考証をJSCP代表理事でもあるNPO法人ライフリンク代表の清水康之、精神科医療考証を国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦氏が担当

福祉番組を制作してきた後藤氏が演出を担い、ドラマとノンフィクション・ドキュメンタリーを制作するスタッフの混成チームで取り組んだ

また、WHOが作成したガイドライン「自殺対策を推進するために―映画制作者と舞台・映像関係者に知ってもらいたい基礎知識」をスタッフ全員で参照・確認しながら行ったことも大きな特徴の一つです。後藤氏は、「このガイドラインを基に、単に抑制的な表現をするだけではなく、『これがあるからこそよりクリエイティブな表現ができるのはないか』という発想で取り組んだ」と話しました。

後藤さんスライド②-クイック・レファレンスガイド.jpg

自殺対策考証を務めた清水ら専門家とのコミュニケーションについて、「脚本の作成段階から内容のチェックに関わり、現場にも足を運んでいただいた。出演者の一人である俳優の染谷将太さんが屋上での緊張感の高いシーンを撮影した際には、撮影直前に染谷さんと清水さんが話をする機会があり、清水さんや現場の支援者の方々がどのように自殺対策に携わってこられたか直接話すことで知っていただいた。ちょうど、危険を感じさせる屋上で立って演技をするのか、それとも座って演技をするのかについてスタッフ内で決めかねていたところ、最終的に、緊張感をあおらず、駆けつけたももの言葉を受け止められるようにという染谷さんからの提案で、座って演技をすることに決まった。専門家の方が現場にいることで、作り手も観る人も安心できるものを目指そうという空気が醸成された」と、撮影時の様子を説明しました。

また、ガイドライン「自殺対策を推進するために―映画制作者と舞台・映像関係者に知ってもらいたい基礎知識」には「自殺の描写が舞台や映画制作に関わる者に与える影響を考慮すること」という項目があることから、スタッフやキャスト全員が集まる場で精神科医療考証を担った松本氏からのセルフケアに関するメッセージを共有したり、撮影中に不安を感じた際にいつでも連絡できる体制があることを周知したりしたといいます。

ドラマの撮影は、その他にもさまざまな点に留意して行われました。
自殺未遂や自傷行為に関する映像表現については、ガイドラインに「自殺の行為や手段に関する描写を避けること」との記載があります。この点について後藤氏は、「『誘発しないための配慮』に加え、『正しい理解』につながるための表現を目指した」と述べました。ドラマでは、ももさんは苦しくて仕方ないときにレッグカットをしてきたことが描かれています。足の甲を切るシーンを見せないだけでなく、自傷行為が「過激な行為」であるという印象を持たれないよう、自室のテーブルの上にある多肉植物やフェースローラー、スマートフォンや雑誌などのアイテムと一緒にカッターナイフを置くという演出がなされました。これについて、「ももさんは普段、そうしたもの(多肉植物やフェースローラーなど)で苦しい気持ちを紛らわしているが、それでも心が痛くてたまらない時に、本人なりの方法としてレッグカットをしていることを理解してほしいと考えた」と、解説しました。
さらに、セクハラやジェンダーバイアス、路上生活をしている人への偏見を助長しないような演出上の配慮、悩みを抱える視聴者に向けた相談窓口情報の提示方法等についても、丁寧な検討がなされたとの説明がありました。

後藤氏は最後に、放送後に寄せられた視聴者の感想に、「自分も『パパゲーノ』かもしれない」、「私は『パパゲーノ』でした」、「自分が『パパゲーノ』であることを知り、もやもやが解消した」といった体験談が非常に多く寄せられたことを報告しました。
その中で、「(「死にたい」気持ちを抱えながら生きている自分だが、)何故だか、今苦しくて死にたいと思っている人がいたら、踏みとどまってもらいたい。理由は説明できないけれど、あなたには生きていて欲しいと思う」というメッセージを紹介し、「(死にたい気持ちを抱えた方を取材してきた)この5年半の間に、『自分は死にたいけれど、同じ立場にいる人にはどうか生きていてほしい』という声を何度も聞いた。ドラマの最後にも、このことを反映させた。番組制作を通し、こうした当事者の方々のメッセージを、本人の言葉で伝えていくことがすごく重要だと思った」と述べました。


<【メディアの取組報告②】社独自の自殺防止サイトの作成について>
 毎日新聞記者 坂根真理氏

毎日新聞記者の坂根真理氏には、令和4年8月末に開設したばかりの社独自の自殺防止サイト「こころの悩みSOS」(https://mainichi.jp/shakai/sos/)の作成について、お話いただきました。サイトには取材記事が多く盛り込まれ、新聞社の取材力やコンテンツ力が生かされています。

坂根真里.png

毎日新聞記者の坂根真理氏

坂根氏は、平成20年に毎日新聞社に入社。岡山支局、東京本社・生活報道部、長野支局などを経て令和4年より東京本社・デジタル編集本部戦略グループ記者を務められています。生活報道部では、DV家庭で育った子どもを追った連載「消えない傷」シリーズを手掛けるなど、虐待、性暴力、障害福祉などをテーマに取材を続けてきました。

近年、WHO自殺報道ガイドラインに沿って記事末尾に相談窓口情報を掲載する報道が増えています。そんな中で坂根氏は、令和4年5月に有名男性タレントが亡くなった際の自殺報道を見ながら、「記事の末尾に相談窓口情報を付けるだけで本当によいのか。相談先の情報が少ない記事もあり、読者に不親切な面もあるのではないか」との疑問を抱いたのをきっかけに、社独自の自殺防止サイトの作成に取り組むことにしたといいます。
「事実の報道は大切だが、報道を見てつらい気持ちになった人の心にもっと寄り添った情報を、記事と一緒に届ける必要があるのではないかと強く思った」と、坂根氏は語りました。

坂根さんスライド①-サイト・トップページ.jpg

毎日新聞社の自殺防止サイト「こころの悩みSOS」のトップページ

サイトでは、①生き方のヒントを探る、②SOSに気づく、③体験記、の3つのタグに分けて情報を集約しています。坂根氏は、これらそれぞれの特徴について下記のように紹介しました。


生き方のヒントを探る
「死にたい」思いを抱える当事者の方向けの情報を集積したページで、心が限界を感じた時に短時間でできる認知行動療法「心理的危機対応プラン(PCOP)」を紹介する記事、コーピング(ストレスへの対処法)を紹介する記事などを掲載しています。

特にこだわったコンテンツは「主な相談機関一覧」だとし、特徴として、スマートフォンで各相談窓口の電話番号をタップするとワンタップで発信できる仕組みにしたこと、各相談窓口の代表者らを取材して顔写真の他、相談窓口の特徴や相談者へのメッセージを掲載した点を挙げました。「(「死にたい」気持ちを抱える人を)取材する中で相談をためらう人が一定数いることが分かった。一人で悩みを抱え込んでしまっている方の背中を、こうした情報により『相談してみようかな』という方向にそっと押せるようにと考えた」と解説しました。

また、特に有名人の自殺報道があった直後は民間の各相談窓口の回線がパンク状態になる状況があることを考慮し、相談機関一覧には全国の自治体が運営する相談窓口をまとめたサイトも掲載しています。


SOSに気づく
「死にたい」「つらい」気持ちを抱える当事者を周囲で支える人や、専門家等へのインタビュー記事などが掲載されています。支える側にとって、役立つヒントが得られるようなコンテンツを集めています。


体験記

坂根さんスライド②-体験記.jpg

「ここの悩みSOS」の「体験記」を掲載したページ

パパゲーノ効果を意識し、「死にたい」気持ちを抱えながらも自殺を思いとどまった当事者の体験談を、記事の形で紹介しています。体験記の記事作成にあたり、留意している点として、坂根氏は以下の3点を挙げました。

  • 「悩みを抱える人にどんな声を掛ければよいのか」と迷っている人にも役立つような記事にしたいという思いから、記事には「救われた言葉」を毎回盛り込むようにしている
  • 逆に、「言われて嫌だった言葉」も盛り込んでいきたい
  • 体験記の中身はもちろん大切だが、数が多くあることも重要と考えている。数が多ければ、自分と似た悩みを抱える人がいることが分かって安心につながり、「一人ではない」と思えるから

サイトに掲載する記事は、毎日新聞社内の各部に所属する複数の記者が執筆しています。体験記の読者からは「生きようと思った」などの感想が寄せられ、取材に応じてくれた当事者の方からも「死にたい気持ちや生きづらさは人それぞれだが、自分の体験が誰かの生きる支えになるのであればこんなにうれしいことはない」などの声が届いているといいます。

最後に坂根氏は、「サイトを訪れる人に、情報と同時に『あなたのことを、これだけ思っている人がいるよ』『こんな人たちが、あなたのことを思っているよ』というメッセージを伝えられたらいい。まだ掲載している記事は少ないが(令和4年9月時点)、死にたいくらいつらい方たちに寄り添ったサイトとして、さらに内容を充実させていけるよう努めたい」と話しました。


<質疑応答>
 後藤怜亜氏、坂根真理氏、清水康之

パネル.png

質疑応答に臨む、清水(左上)、後藤氏(右上)、坂根氏(下)

質疑応答では清水が司会を務めました。後藤氏と坂根氏に対し参加者から寄せられた質問に各1問ずつご回答いただき、最後に「参加者へのメッセージ」をいただきました。

【坂根氏への質問】
自殺防止サイトの作成は、いろいろな立場の人の理解を得られないと進めることができなかったプロジェクトかと思うが、どういう壁があったのか。またそれをどう乗り越えていったのか、教えてほしい。
【坂根氏の回答】
私が所属する「デジタル編集本部 戦略グループ」(サイトの企画・コンテンツ作成)、「UI/UXチーム」(サイトのデザインやシステム関連を担当)、その他の部署から複数の人がかかわっているが、新聞社として取り組まねばならない大切なことであるという共通の認識を持てていたので、実は壁はなかった。作成期間は短かったが、「やろう!」という気持ちで一致団結し、突き進むことができた。
【参加者へのメッセージ】
今回の発表が、皆さんのお仕事の中で何かしらのヒントとなり、役立つことができればうれしい。

--

【後藤氏への質問】
(後藤氏が取材をしているのは)「死にたい」ほどつらい気持ちを乗り越えたのではなく、抱えながら死ぬ以外の道を選んでいる方たちだというお話だったが、そうした方々に話を聞く際、慎重な配慮が必要だと思う。取材時に、どのようなことに気を付けたのか?
【後藤氏の回答】
ご本人が「もう乗り越えたから、話をしても大丈夫」と言っても、「本当はそうではないかもしれない」という気持ちをどこかで持っているようにしている。その時点では「大丈夫」かもしれないが、1週間後、1年後は違うかもしれない。取材する側が「本人が『大丈夫』と言っているから大丈夫」という姿勢では危ないと思っている。
また、取材時間の配分にも気を付けている。例えば、「死にたい」気持ちや自殺未遂、自傷行為などについて2時間話を聞いたら、残りの1~1.5時間は、どうだったら「生きていてもいい」と思えるのか、好きな音楽や映画の話などを、できるだけたっぷり時間をかけて、ご本人の言葉で語ってもらうようにしている。
もう一つ、その方の周辺の人間関係をできるだけ把握しておくことが大事だと思っている。100パーセントではなくとも信頼して話ができる人はいるか、それが誰かを把握しておくことで、その方が深刻な悩みに陥った際などに対応の手掛かりになる。
【参加者へのメッセージ】
清水さんが開会の挨拶でおっしゃったように、局内で(番組の企画を提案する際に)「なぜ、今やるのか」「1年前と何が違うのか」はこのテーマに限らず問われ続ける。「死にたい」というテーマは変わらなくても「今回はドラマなんです」「手法が違うんです」などと説明し、切り口の違いを示すことができると、受け入れてもらえることがある。また、番組に対し反響があると、組織としても「やろう」という方向になっていく。
何でもよいので「とっかかり」を見つけ、やり続けることが大切だと思う。そのために、今日のような勉強会の場で他社の取り組みを知ることは大きなモチベーションにつながるので、今後も協力し合いながらやっていけたらいいと思っている。


<閉会の挨拶>
 JSCP代表理事 清水康之

閉会の挨拶で、清水は次のように話しました。
「当事者の方たちの中には、『自分なんかは死んでもいいが、他の自分と同じような人には死んでほしくない』とか、『自分の体験が他の人の役に立つならば』という思いの方がたくさんいらっしゃる。そうした方々の思いを実現・成就させていくのは、報道に携わる方々が最も適役だと思っている。当事者の方々、メディアの皆さん、自殺対策に関わる我々、厚生労働省の関係者の方々など、いろいろな立場の人がそれぞれにできることを一歩ずつ踏み出しながら、社会全体で対策を進めていくことが重要だ」
「本日のお二人のお話から、それぞれの現場で一人一人が踏ん張って一歩を進めていくことで、いろいろなことが変わっていくことを改めて強く実感した。我々JSCPも、皆さんに一歩を踏み出していただけるよう全力で後押ししていきたい」



■過去2回の「自殺報道のあり方を考える勉強会」のレポートは、下記よりご覧いただけます。
<第1回> ~報道の自由と自殺リスクの狭間で~
<第2回> ~ネット上での拡散への対応とその課題~